輪ゴム

 たった輪ゴム一つ買うのに恐らく10分は店の中にいたと思う。いやひょっとしたらそれ以上だったかもしれない。 輪ゴムは調剤薬局には必需品だ。3分の1調剤薬局の当方もご多分に漏れず、簡単な薬は輪ゴムで留めることが多い。それが切れると何故か僕が補充係になる。日曜日、最近余り通らない岡山市内の一角を車で通過していて、大きな文房具のお店が道路沿いにオープンしているのを見つけた。ある動物の名前が店名になっていて、よそでも見かけたような気がするからチェーン展開しているお店だろうか。 文房具だけのお店でこんな広さが必要なのだろうかと思いながら興味本意でのぞいてみた。牛窓のショッピングセンターくらいあったと思う。目的買い以外あり得ない僕だからすぐさま輪ゴムを捜し始めた。最初は闇雲に通路を彷徨って捜した。意外にも見つからなかった。しかし、僕の世代をターゲットにしていないような雰囲気は感じ取れた。次に天井の案内板頼りに回ってみたが、これ又探し出すことは出来なかった。何となくあの懐かしい茶色の箱の輪ゴムなんか売る店ではないのだと思った。あの輪ゴムの箱は、なんだか昭和の匂いが強すぎてモダンな店には似合わないのだろうと思った。  いつものようにホームセンターで買えばいいやと考えてお店から出ようとしたのだが、帰り道わざわざ輪ゴムだけのために寄り道をするのももったいないからカウンターの女性に尋ねてみたら、快く輪ゴムが陳列しているところまで案内してくれた。その前は数回通り過ぎているのだが目には付かなかった。それもそうだろう、腰を折り曲げてみなければ見つからないような低いところに置かれていた。その数は結構あったのだが、場所からしてお店にとっても利益商品ではなく、客にとっても滅多にいるものではないのだと想像した。  僕にとっての文房具店は、子供が数人入ったら居場所がなくなるくらい狭くて、おばあさんが棚の上の方からプラモデルをとってくれるようなお店だったのだが、今は綺麗なお嬢さんが耳にイヤホーンをして丁寧な言葉で案内してくれるモダンなお店に変わった。文房具店も個人では営業できない時代になった。多くのお店がこの様に変遷して、最早個人が独立して営業できるような分野は余り残っていない。業界という鎧で守備をなんとか固めた職種だけが生き延びている。それも早晩、より政治家に強い影響力を持っている企業家によって一掃されるだろう。  何処に行っても同じ看板を見つけて安心する日がもう実現しかけている。良いことか悪いことか、はたまたどちらでもないのか良く分からないが、そのうちこの国の人は「社員」「店員」ばかりになる。頭ばかり下げる人になる。相手によっては見上げる人になる。相手によっては見下げる人になる。