後ろ姿

 浣腸でなんとかお通じを出していたおばあさんに、お通じの漢方薬を作ってあげたら気持ちよく出たらしい。近所の薬局が廃業してから、同じ町内でも初めて僕の薬局に来る人がいる。最初はお嫁さんが相談に来てくれたのだが、2回目は本人が取りに来た。今度は以前の倍の日数分を作ってと頼まれたので、待ってもらう間妻がコーヒーとケーキでもてなした。するとおやつを頂いたのは8年ぶりだと言った。とても美味しかったみたいでその後も話が弾んだ。 おやつを8年も食べていないことに驚いたが、食事も1日2食にしていることにも驚いた。「1日3食やはり食べない方がいいかなあ」と相談されたので尋ねてみると8年間ずっと2食だったのだ。「食欲がないのならそれでもいいのではないの」と答えると「食欲はあるんじゃけれど、膝を痛めて病院に行ったら痩せないといけないと言われたんじゃ」と教えてくれた。真面目な患者さんだ。8年間お医者さんの言うことを厳重に守っている。薬局に入ってくるのも難儀で、入って来るなり腰掛けを要求したくらいだから余程悪いのだと思うのだがやはり「膝は今はクッションがもう無くて骨と骨があたっているんじゃ、だから痛み止めをもらいに通うだけ」と情けなさそうに言った。どうやって来たのかと外を見ると老人用のゆっくり走る3輪車がとまっていた。  僕はこのしばしば耳にする「痩せれば治る」と「痩せなければ治らない」がどうもぴんと来ない。事実薬局では「痩せるな」ばかりを連発している。この痩せろの言葉は、治せないと言う言葉と裏腹だ。治せないとは言えないので何か条件を付けているようにしか聞こえない。仮に1日2食にして痩せたとしても、老人が筋肉を保ちながら痩せれるとは思えない。辛うじて残っている筋肉をみすみす落としてしまうのがおちだ。残るのは恐らく脂肪だけだろう。8年の間我慢を強いて、結局はまともに歩けないくらい悪化させた上に、今だ食べることの喜びまで奪ってどうするのだろうかと思う。もし3食食べていたら骨や筋肉の衰えがもう少しゆっくりだったかもしれないのに。医師は僕らと違って威厳があるから、患者さんの信用度は高い。だからいい加減は許されない。8年間の不条理な節制を取り戻してあげれないし、進んだ老化を取りかえしても上げれない。  治らないならせめて生活の質を上げるような工夫をしてあげればいいと思う。歩けなかったけれど楽しかったと言ってもらえるようにしてあげなければプロではない。「若い者に迷惑をかけるけれど、1日3食食べさせてもらいますわ」と腰をかがめ足を引きずりながら出ていった老婆の後ろ姿が哀れだ。