青年

 「もうお金なんかいらないから漢方薬を持って帰って」と言おうと思った。  嘗ては牛窓に住んでいたらしいが、今は岡山に住んでいる。数年前にある病気を漢方薬で治してもらったから又わざわざ来たと言っていた。ドラッグで薬を買って飲んだらしいが、勿論素人判断で治るものではない。 どうして僕がお金なんかいらないくらい喜んだかというと、彼が私達は同じ世代でしょうと、何かの話題で話し始めたのだ。同じ世代?どう見ても彼の方が僕には一回りは若く見える。僕はそんな誤解は気恥ずかしいから年齢を告げると、彼は驚いていた。事実ほとんど一回り違っていたのだが、この嬉しい彼の錯覚に漢方薬代4000円分くらいどうでもいいと思ったのだ。  多くの先輩達が口を揃えて言っていたことに、身体は歳をとっても心は昔と変わらないと言うのがある。僕も実は同じようなことを最近とみに感じている。肉体的には嘗て出来ていたことのほとんどが出来なくなったような気がするが、心は昔のままのような気がする。何故なら綾瀬はるかがテレビに出てくるとつい薬局で仁先生になりきるし、吉瀬美智子がエコだエコだとテレビで言うと、ついパナソニックの冷蔵庫を買ったり、上野樹里が出てくるとつい指揮棒を振ったりと青年期と同じ衝動を覚える。理性の制御より肉体の衰えの制御を受けてなんとか穏やかに暮らせているが、それらを無理に制御せずまだまだ生産的な日々を過ごしている人も多いと思う。豊かな思考と豊かな経験を色々な分野で生産に生かしている人は多いと思う。 老人は、老人の姿形をした青年なのだ。老人のように振る舞うことを強要された時代のなごりで老人らしく振る舞っているだけなのだ。やきもちを焼き、因縁もつけ、人も殺し、万引きも出来る老人のような青年なのだ。