変換

 僕は町外から来てくれる人にはたいてい2週間分ずつ漢方薬を作る。それだけの期間があればおよそ薬が合っているかどうかは判断が付くから。その女性も6月の末から2週間分ずつ漢方薬を渡しているから、もう5回漢方薬を取りに来たことになる。症状を尋ねるたびに、余り変わらないと毎回答える。こう答えられると薬が合っていないのだろうかと普通なら弱気になるのだが、僕はそうはならない。世の中には、治っても「治らない」と言い続ける人がいることを知っているから。決して物事をよくは言わない人っているものなのだ。その人が善人であるとかそうでないとかの問題ではなく、肯定から入っていく人と否定から入っていく人の違いだけなのだ。気をつけていると結構癖があって、どちらかに分かれやすい傾向はある。勿論絶妙のバランスを身につけている人も沢山いて、相手に不快感を与えることもなく自己を主張できる人も多い。 この女性は平地を歩くのにも苦労し、ベッドを立ててでないと眠れなかった。仰向けになって寝るなんて激痛がして出来ないのだ。夜もしばしば激痛で目が覚め、痛い痛いと口から一日中出てしまい、ご主人にも心労をかけていた。ところが今日も「変わらない」と言う返事だったから、具体的に確かめたら、傍にいたご主人の客観的な判断と共に、4割方改善していると白状した。どんな症状でも4割も軽減すれば断然日常生活は楽になる。平地はすたすた歩けるし、平らな布団で眠れるし、夜もトイレで目は覚めるが痛みでは覚めなくなったらしい。「奥さんは治っても治らないと言うタイプでしょう」と言ったらくすっと笑っていたが、恐らく痛みから完全に解放され心から笑える日が来るような気がする。「変わらない、変わらない」と言いながら熱心に通ってくるのだから、報いてあげなければならない。 ずっと以前「死んでも死なないようにしてくれ」と頼まれたことがあるが、皆さん面白い表現を色々持っていて、薬局を営むには言葉の裏側まで理解できる国語力が必要だ。どうして「良くなっている」が「変わらない」に変換されるのか分からないが、その罪のなさにこの町に帰ってきたことをよしとする。