糸トンボ

 駐車場の草は半月くらい前に草刈り機で丁寧に刈られているから、まだ余り背丈は伸びていない。ミニチュアダックスのモコでさえ隠れることは出来ない。丁度モコの顔の辺りまで草は成長している。モコは朝僕が散歩から帰ってくるのを待って必ず駐車場に連れて行くことを要求する。不思議なものだ、目覚めて僕が散歩に出かけるまでは起きても来ないくせに、僕が家に帰った気配で2階から降りてくる。僕の動きを完全に理解しているのだ。あの小さな頭で結構なことを理解できる。 駐車場の草の中を歩くモコの姿が好きだ。当然僕は上から見下ろすのだが、今日はかすかな生き物の気配を感じた。何かが飛んでいるように見えたから目を凝らすと糸トンボがモコの傍を飛んでいた。今年初めて目撃したトンボがなんと糸トンボだった。それも色が緑色でまるで保護色のようだから、よく見ていないと見失いそうになる。僕の勝手な記憶だが、糸トンボは茶色のような気がしたから緑色がとても珍しいように思えた。しばし目で追っていたが、やがて糸トンボはモコに追われるように草むらに消えていった。  まるで無駄のないつくりだ。贅肉一つない。空気抵抗を極端に抑えた構造だ。何も余分なものを持たない姿に今更のように驚き興味を持つ。幼い頃は如何に捕まえてやろうかと考える対象でしかなかったが、今はその精巧さに驚き、命の長からんことを願ったりする。あちらは変わらないのに、こちらが全く変わってしまったのだ。命は終わらないものと思っていた頃と、命はやがて尽きるものと思う今とでは、まるで物事の見方は変わってくる。長じて尚、命は終わらないと勘違いしている奴らのせいで、命を強引に早く終わらされる人々が一杯作られるのに、奴らはブヨブヨと贅肉を揺らし今だ深い椅子に反り返っている。その性根をそぎ落とせ。糸トンボのように身を削りそぎ落とせ。