たたり

 サンドイッチマンのコントではないがそれこそ「何を言っているのか分からない」状態だった。蚊に刺されて入院したって言うから、そのままの言葉の最後にクエッションマークを添えただけで返した。疑う僕に頼みもしないのにズボンの裾を上げて見せてくれたが、確かに小判くらいの瘢痕がまだ生々しく残っていた。 ある用事で訪ねてきた若者だが、その用事が済んだ辺りから雑談になった。妻が出したコーヒーや桃でリラックスしたのか口が軽くなった。そこで出てきたのが冒頭の、蚊に刺されただけで入院となった話だ。彼はふくらはぎ辺りを蚊に刺されているのが分かったから当然手で叩いて殺した。本来ならそれだけのことでその後の展開なんてあり得ない。ところが数日の内に刺されたところが腫れて、そのうち潰瘍になったというのだ。近隣の皮膚科の開業医にかかったのだが、最終的には足が倍以上に腫れて大きな病院にかかり直し、即入院となったらしい。どうしてもっと早く来なかったと医師に詰問されたから、皮膚科の開業医にかかっていたと答えると「ああ、又あそこの医院か」と思わせぶりな言葉が零れたらしい。岡山市内の若者だから敢えて医院の名前は聞かなかった。どうせ田舎の僕とは接点はないだろうから。  それにしても珍しいことがあるものだ。蚊に刺された跡が赤くしこりなかなか跡形が消えない人は往々にしてあるが、倍になるほど足が腫れたり、そのあげく入院したりする人を知らない。「よっぽど(よほど)不摂生をしていたか、よっぽど疲れていたか、何かのたたりではないの?」と彼に言うと、病院の先生も同じ事を言ったらしい。「えっ、病院の先生もたたりだと言ったの?」と尋ねると、さすがにそこまでは言っていないらしい。それはそうだろう、たたりはヤマト薬局の特許なのだから。これが言えるのは余程信頼関係がないと言えない。僕なんかこの一言で如何に沢山の人の信頼を失ったか。分からないときについ便利な言葉として使っているが、この一言で離れていった患者さんは数え切れない。これこそ何かのたたりなのだろうか。