別に

 別に何かとんでもない高尚さを求めたのではない。水平線よりちょっとだけ高い島を見つけたかっただけだ。別に溺れそうになっていたわけではない。ちょっと遠泳には自信がなかっただけだ。伴走してくれる船も浮き輪を投げ入れてくれる人もいるのに。別に恐怖心があったわけではない。足を地球の方に向かって伸ばせば気が遠くなるほど深いように感じただけだ。それでも未知は未知で残しておいてもいいように思っていた。別に笑っていたわけではない。涙が似合わないことは知っていたから、選択肢が限りなく少なかっただけだ。別に不幸だったわけではない。不幸の反対がもし幸せなら、幸せの鏡には不幸は映らない。別にニーチェでもフルーチェでも良かったのだ。『信仰によって甘やかされた弱者たちの「奴隷道徳」が、他の道徳に勝利している』と言ってくれれば。