避難民

 娘が今頃になって水を荷造りしているから理由を尋ねたら、被災地で保護された動物に与える水が不足しているらしいのだ。当然人間様には優先的に届いて、いざ行き渡ったら恐らくそれで終わったのだろう。水は500ccか1リットルかわからないが結構大きいダンボール箱に入れられていた。銘柄は見なかったが動物用ではなかったと思う。そもそも水に動物用があるのかどうかも知らないが、まさか支援の水をペットに分けていたりしたらひんしゅくを買うだろうから、かの地では隠れるようにして与えたか、動物に我慢を強いたかのどちらかだろう。今なら正々堂々と与えられると思う。  元々は犬嫌いの僕だったが、犬好きの妻や子供達のおかげで20年くらい犬と一緒に暮らしている。嘗て愛犬家の行動を理解できなかったが、今はすべて理解できる。主を無くしては暮らしていけない忠誠心を飼い主は裏切ることは出来ない。いつまでも成長しないような幼子の眼差しで見つめられると、最善を尽くしてそれに応えようとするのは理屈ではない。母親が子供に注ぐ無上の愛と似ている。  報道される放置されたペットとの再会は涙を誘うが、多くの命が絶えたのだろう。人間の勝手で命を遮断される無念を思う。多くの命を将来に渡って奪うだろう会社の社長の報酬は日当が20万円なり。一月懸命に働いてその額に達しない国民は何百万人かいる。恨むことさえ出来ないなら置き去りにされた動物達と同じだ。もっと心の中を露出させたらいい。無上の愛はペットには届いても避難民には届かないのだから。