何円?

 運よく、買い物のために運転手を頼まれたスーパーのそばに、ペットショップがあった。腰が痛くて長い時間待てないと言う条件で出かけたのだが、約束を守る習慣がない彼女たちの時計は、いつものように減速気味だ。
 集合場所の駐車場が見渡せるところに店があったので入ってみた。全国展開の店かどうか知らないが、以前、それこそ30年くらい前に一匹の犬を買い、数日で死なせてしまった苦い経験のある店だ。赤ちゃん犬が下痢をしていたら命が危ないと獣医に教えられた時にはもう手の施しようがなかった。それでも売るのかと不信感だけが記憶に残っている店だ。ただやたら繁盛していて、今日のぞいたのは新店舗だ。
 子犬のコーナーに行くと、例によって小さな檻の中に子犬が閉じ込められていた。10数個の檻があったと思う。あまり犬種について詳しくないから、犬の報告は出来ないけれど、値段の報告はできる。最高の値段がついていたのは、トイプードルで120万円だった。なんでも「大きくならないからその値段がついている」と、若い店員が興味を示した客に説明していた。
 一匹の白い子犬が立ち上がり、やたらガラスを爪でひっかいていた。僕の前の若い女性にも僕が正面に立った時と同じような動作を繰り返していた。
 その様子を見て多くの人がかわいいと思うと同時に、この理不尽な檻から解放してやりたいと思うに違いない。その多くの方が陥る気持ちこそが彼らの狙いで、販売に結び付くのだろう。そのことが分かっているから僕はつらくなりその場を離れた。自然に涙が湧いてきた。命を生産し、命を陳列し、命を金に換える。今の僕には耐えられない光景だが、若いカップルや子供ずれが幸せや成功の象徴のように店舗に吸い込まれていく。
 その店舗を後にするときに思った。「僕なら何円?」

 

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