美談

 どうしてここにいるのと尋ねられた。寧ろ僕の方が同じ質問をしたかったのだが。 同じ行動をとっても理由は全く異なる。同じ理由の人も数人いたが、今日の人は全く異なった。余程の資産家なら別だろうが、庶民にとって経済的な困窮に陥っている人を助ける術はない。窮状を教えて頂いても手の貸しようがない。ただただ気の毒に思いながらも、同情の顔は出来ない。同情するなら金をくれという有名なせりふがあったが、逆の立場だったら僕もそう思ってしまうだろう。ただ今日会った人はそんな表情は全く見せずに、寧ろ僕の経緯の方を気の毒がってくれた。 彼は隠していたんだ、その窮状ともう一つ、隠れた善行を。いや隠した善行と言っていいのかもしれない。これ見よがしの連続にうんざりしていたから、つい出てしまった隠した善行に、黄砂で遮られた空でさえ愛おしくなる。  美談をむさぼり、聞くだけで満足する人々。美談の収集家に虚構の精神。謙遜は首にかけた真珠のネックレス。質素は指にはめたプラチナの指輪。不器用な猫が塀の上から仰向けに落ちる。