優越感

 このなんとも言えない優越感はなんだ。優越感なんていつから経験していないのだろう。人の感情の中にこんな領域があることすら忘れていたような気がする。  以前このブログに登場してもらった大工さんが昨日も薬を取りに来た。あるお寺さんの信頼を得て向こう5年間も仕事を直接請け負っている人だ。彼を信頼して仕事を任せきりにしているそのお寺さんについて僕も興味を持ったので、ホームページで少しばかり知識を得ていた。そして薬を渡した後にそのお寺さんのことについて知ったかぶりを披露した。するとすごく驚いて「どうしてそんなことを知っているの?」と尋ねられた。「インターネットで調べた」と答えると「インターネットってそんなことが分かるの?」と又尋ねられた。インターネットだから分かるんだと答えたかったが、実際に見せてあげた方がいいと思ったのでそのお寺さんのホームページを開いてみた。 お寺さんの全景を写している表紙を見たときから彼はハイテンションになり、クリックして画面を変える毎にいちいち解説してくれた。建物の様子だけでなく、歴史や行事、アクセス方法など画面を変える毎に名解説が続く。画面が変わり解説を終える度に「すげえなあ、インターネットってこんな事まで載っているん」と感慨ひとしきりだった。感激ぶりに圧倒されて、いや解説がエンドレスになりそうだったので「他のことも何でも分かるよ、お宅の家だって載っているかもしれないよ」と話題を変えた。すると「わしの家は載っとらんじゃろう(載っていないだろう)」と何故か照れた。恐らく名家だけが載っていると勘違いしたのだと思う。「住所を教えて、やってみるから」と水を向けると興味が湧いたのだろうすぐに住所を教えてくれた。教えてくれた住所は岡山市の結構にぎやかなところで、こんなに遠くから来てくれているのかと内心思ったが、口には出さなかった。googleの地図検索になんと彼の家がハッキリと載っていた。国道沿いに広い畑も持っていた。これには彼も一段と興奮して、自分の家の造りや近所の説明も詳しくしてくれた。「わしらの家まで載っとんか(載っているのか)」「すごい時代だろう、こうして他人の家の様子がわかるんよ。誰がいつ見ているか分からないよ。家の回りを見てみようか?」とマウスを操作して家の側面なども映し出した。すると突然彼は慌てて出ていこうとした。「どうしたの急に!」と尋ねた僕に帰ってきた返事は「早く帰って戸締まりせんといけん。今日鍵をかけてくるのを忘れとった」だった。  実はこの地図の検索は昨年横浜の女性に教えて頂いたばかりで、超時代遅れの僕だが、慌てて鍵を閉めに帰った大工さんからしたら僕は時代の先端を走っているように見えたのではないか。僕が江戸時代並の遅れをとっているとしたら彼は石器時代だ。あんな人ばっかりだったら僕も常日頃優越感に浸れるのだが、残念ながらあんな人がまれと来ているから自慢しようにもする機会がない。でもまあ、何十年ぶりの優越感はそれなりに心地よかった。  今度はどの画面を見せようか、作戦を考えておかないといけない。