変質

 何を思ったのか会計がすんだ後、「ちょっと待ってよ」と言い残して慌てて薬局の外に出ていった。すぐに戻ってきたのだが、手には新聞紙に包んだものを持っていた。「さっき掘ってきたんじゃけれど、クワイとレンコン、食べて頂戴」と、辛うじて残っている数本の前歯を見せながら照れくさそうに笑った。レンコンは分かったけれど、クワイが分からなかったからその場で新聞紙を広げてみると、なるほど正月のおせち料理に見る芋みたいな野菜だった。大晦日の午後の出来事だったので、おせち料理に間に合うように持ってきてくれたのかもしれない。 そもそも僕は彼の名前も、どこに住んでいるのかも知らない。もう10年来、月に1度くらい潰瘍の薬を取りに来るのだが、これから家を出るから用意しておいてと電話で連絡をしてきてから来るまでにかなり時間がかかるので、市外であることだけは確かだ。色黒で痩せて、先にも述べたが、笑った口の中の前歯の数が瞬時に数えられるくらいだから、人相はかなり悪い。ただ顔をくしゃくしゃにして笑うときには、その人の本来の姿を表すようで、僕の好きなタイプだ。人見知りの気弱さを、威喝さでごまかしているようなものでこちらには丸見えだ。貧血で倒れそうな吐血をしても僕の所に潰瘍の薬を取りに来るくらいだから、何か病院に行けない理由があるのだろう。だから僕は名前も住所も聞かない。入っていってはいけない領域があるのだろうと勝手に思っている。  「うちの畑で掘ってきたんよ」と言うが、百姓の片鱗は全く感じない。いつかマスク姿で来たときにビルの解体の途中抜け出してきたと言っていたことがあるから、恐らくその種の職業なのだろう。レンコンは先を見通す、クワイは芽が出ると縁起を担ぐ野菜がおせち料理に好まれるらしいが、果たしてそれを知ってのことか知らずのことか分からないが、僕より自分が食った方がいいのではないかと年納めのギャグでまとめたかったが、持ってくる理由もない関係なのにわざわざ持ってきてくれたことに感謝して、丁重にお礼を言った。 いみじくも今日あるところで、工務店の半分は銀行が見放したら即倒産ですよと話してくれた人がいた。その職種にあまり縁がないので、そんなものかと思って聞いていたが、こんな不景気な時代でも芽も出るし、先も見通せれるのは大きな企業だけか。頑張ってきた人が少しずつ着実に脱落していっているのが現在の姿かもしれない。レンコンは怨恨に、クワイは恐いに、庶民の重箱の中で変質している。