安上がり

 小太郎漢方と言う漢方会社の雑誌に僕の薬局が取り上げられ紹介されたのだが、送ってくれた原稿をそのままコピーして載せる。文章は取材に来たライターが要約して書いてくれたもので、2時間か3時間薬局で色々なことを喋ってこの長さにまとめてくた。ちょっと格好良く書いてくれている部分もあるが、嘘はないからこのまま読んで欲しい。少しだけ僕の薬局が分かってもらえるかもしれない。念のために付け加えておくが、取材は優れている薬局を選び続けて何年も連載してきたのだが、もうネタが尽きて、丁度岡山で勉強会があったので「ほんのついでに安上がりに取材をすませようとした」今は会社で偉くなっている僕の後輩の○○君の企みだ。彼は僕に劣らず劣等生だったはずなのだが、何処でどう軌道修正したのだろう。

お店訪ね歩記 失敗を重ねて謙虚に弱者に寄り添う  どこか軽妙な響きがあって、初めて耳にすると奇異な印象を持ってしまう牛窓という地名について、『備前国風土記』は、海上を過ぎる船を巨大な牛が転覆させようとしたので、住吉明神がその角をつかんで倒したという故事から、この地を牛転と呼ぶようになり、それが転訛して牛窓になったと伝えています。  古代から瀬戸内交通の要衝で江戸時代には参勤交代、千石船の往来で栄え、製塩も古くから盛んでしたが、鉄道が開通した明治期に衰退しました。しかし近年、温暖、降水量が少ない典型的な瀬戸内式気候の風土が地中海に似ているところから「日本のエーゲ海」のキャッチフレーズを掲げて観光に力が注がれ、丘の上にはオリーブ園、海岸にはヨットハーバー、島々を臨む海岸に沿って走る道路上には旅行客向けの各種施設が建ち並び活気を取り戻しつつあります。その一角に、25年前開局された「ヤマト薬局」さんがあります。

“売らなくてもいい”商売  紺碧の空、丘の緑を背に3階建ての白い瀟洒な建物は、かつて「牛窓千軒、泊り船千艘、船頭さん万人」と歌われた港町の盛況から遠く、ギリシャの漁師町といった静かな風情に溶け合っています。  道路に面した建物正面の看板や店名ロゴはシンプルで、控えめな佇まい。店内は明るい茶のフローリングで落ち着いたゆとりの空間構成。入り口付近に観葉植物があしらわれ、正面にカウンターと商品ケース、左が待合いコーナー、右奥が調剤室と相談コーナーになっています。  大和彰夫先生が、ご両親の経営されていたお店2店舗のうち、支店の方を引き継がれたのは25年前で、それまで化粧品や雑貨なども並べられていましたが、この時の改装を期に薬だけで出発されました。 「当初は売ることばかり考えていて、とにかくしゃべり続けて売ろうとしていました。結構、商売として成り立っていましたが、一生やる仕事ではないとも思っていました」  しばらくして、ある勉強会を通じて大阪の吉岡孝麿先生に出会われたことをきっかけに経営のスタイルが一変します。 「吉岡先生に教えを請いながら漢方の勉強をするうち、売らなくてもいい(しゃべらなくてもいい)商売、しゃべるよりも聞くことが大切だということが分かってきました」  この経験によって楽になったと大和先生はおっしゃられます。ライフワークを身につけられたのです。 3度の「一期一会」  岡山市内の進学校を出て岐阜薬科大へ進み、卒業後帰郷して家業の薬局を継いだという先生のプロフィール自体、特異なものではありません。しかし人の生きた道筋にはさまざまなドラマが残されていて、それが人生を決定づける体験となることがあります。先生の場合、3度の出会いがあったといわれます。 「最初は大学時代の先輩から社会正義を教わって、弱者の立場からの視点を獲得したこと。2番目は薬局を始めて漢方をやるきっかけを与えてくれた吉岡先生の、漢方の知識はもちろん、その慢心することのない謙虚な人柄を見習えたこと。そしてもう一つは、玉野市カトリック教会のキム神父で、金や名誉を求めない謙遜な生き方を学んだこと」  希望する大学、就きたかった職業をあきらめた挫折、帰郷して家業を継ぐことは本望ではありませんでした。しかし地元で、特別な地位も金もない普通の人々と接しているうち、彼らのすばらしさに気づかれます。 「薬を売っても何割かの人には効かない。効かない薬でも金をもらう。お金をもらいながら学んでいる立場はつらい。勉強して処方を変えて治ると喜ばれるが、それまでじっと我慢してくれる訳ですね。生きていることは失敗の連続。でも人を救えるのは成功体験ではない。都会の富裕層相手のカリスマ的な商売は成功例をもとにしているけれども、ここで相談例の多い心の病は成功者には治せない」 上から目線ではなく、謙虚に弱者に寄り添うことで病を癒すことが先生のスタンスになっています。そして地方で漢方を売るには安くすること、安くても治せることを力説されました。 漢方にこだわらずに西洋薬も扱われていますが、漢方のベスト3については、甘麦大棗湯、温胆湯、麻子仁丸を挙げられました。 スタッフは奥様と今春から手伝いに来られている娘さん夫婦で、さらにアットホームな雰囲気を醸し出しています。営業時間は8時30分から20時まで。