数学

 若い男性の涙声の電話を切った後、5分としないうちに女性の涙の電話をもらった。どちらも涙の原因は家族だ。病気に関して素人である家族の理解を得ることは結構難しい。完全に理解してもらう必要はなく、僕はただ、苦しんでいることだけを理解してもらえれば充分だと思っている。家族は大切な分、気持ちがより深く入って焦ったり、完全を求めたりする。他人なら気休めも口からでるが、家族ではそれではすまされない。結果を要求してしまうのだ、それも完璧な結果を。 濃密な家族関係はテレビ画面に映し出されるとそれはそれで心地よいものかもしれないが、実生活では結構負担に感じるのではないか。我が家はその逆だから、何かクールな感じはするが、子供達の独立は早すぎるくらい早く、結構自由にやってきた。僕ら兄弟もそうだし、僕の子供世代もそうだ。ドラマになるような家庭生活はなく、家族より仲間を優先して生きてきた。僕の父など今の僕がそうであるように、仕事優先、いや仕事オンリーの生活を貫いていたが、それを見ていて寂しいと思ったことは一度もないし、干渉されなかった分嫌うこともなかった。何となく尊敬していたようにも思う。 いざとなったら確かに家族かもしれないが、いざとなる原因も家族が多い。職場と家庭がなければ現代人のストレスのほとんどが消えて無くなると僕はしばしば口に出すが、ブラックユーモアのつもりではない。結構言い当てているのではないか。漢方薬を勉強したおかげで、家庭に幻想を抱くことがなくなったし、家庭に幻想を抱いて突き落とされた人達のとまどいも良く分かるようになった。漢方薬の目指す中庸と言えば格好いいが、ほどほどこそ居心地が良くて、自然なのだ。バランスのとれた座りの良い状態なのだ。 悲しい時、辛い時は、このほどほどを思い出せばいい。高校の数学で、ほどほどの点数さえとれなくても何ら悲観しなかったではないか。人生で高校の数学以上の点数はとれるものではない。