舞台

 一度僕の薬局に来てみたかったと言ってくれた若いお母さんは、もう5年くらいはやって来てくれていると思う。家族の耳鼻科関係の病気で、抗生物質ばかり飲まされることに抵抗をもって、漢方薬というものに興味を持っていたが、相性が合う漢方薬局がなかったらしい。 家族4人がその筋のトラブルをもっているので結構頻繁にやってくるが、僕の漢方薬は真面目に飲む必要もないし、所詮薬草だからお母さんのストレスはずいぶんと減っている。最近は漢方薬を取りに来たついでにもっぱら子育てのことを話して帰っていく。しばしば話していると情が移るもので、僕は心から応援している。そのお母さんの良いところが僕の求めているものと凄く一致しているのだ。決して華やかではないが生き生きとしている。決して学歴はないが理解力がある。決して自分を飾らないし、嘘がない。人生に用意された華やかな舞台はないが、懸命に生きている。僕はこんな些細な、しかし譲れない価値観で人に接している。言葉匠に自分の欲望をカモフラージュする人間が一番嫌いだ。そんな存在に嘔吐する。幸運にも僕の薬局にはそんな人種は来ないから、平日は上記のお母さんの様な存在に慰められ勇気や希望をもらって仕事をしている。  一頻り話した後お母さんがしみじみと言った。「いつまでもお仕事続けてください」と。それは現代の傷つきやすい子供達や青年について話した後だった。若干心当たりがあるので敢えて話したのだが、どう育てるべきかを理解してくれたと思う。そう、いつまでも仕事をして、お子さん達がうまく育っていく喜びを共有したいし、お母さんの笑顔をいつまでも見ていたい。ただ残念ながら僕にはやり残していることがあるからいつまでもとは言えない。ホリプロはいつまでも僕を待ってはくれないから。