自爆

 全くの偶然なのだろうが、僕自身も惜しい気がするし、本人達もわざわざ休薬を知らせてくれるくらいだから残念だったのだろう。 二人とも僕より一回り以上年は大きいと思う。患っていた期間は男性は10年以上、女性は5年以上にもなるらしい。男性の方は幻視。2階の廊下の突き当たりにある鏡から幼い子供を連れた女性が出てくる。そして部屋の中の椅子の陰からずっとこちらを見続ける。僕の漢方薬を半年前から飲んでくれていたが、「最近は二人が恐ろしくなくなって、消えろって言ってやると消えるんです」と喜んでいた。「こちらの方が強くなった」と薬局の中でも楽しい会話が出来るようになっていた。  女性は鬱(僕に言わせればウツウツ)男性と同じようにやはり家族の不幸をきっかけに発症したらしいが、本来溢れる才能をいかす場所を失い、そう言ったところに出ると震えて失神しそうになる。2ヶ月くらい漢方薬を飲んでもらったら、嘗て出席していた文化サークルのほとんどに復活できた。  この二人が相前後して、漢方薬をお医者さんに止めるように言われたと連絡してきた。普通なら僕に黙って勝手に止めればいいのだろうが、敢えて二人は教えてくれた。二人ともとても律儀な方で、黙って止めるって選択は受け入れられないタイプなのだろう。どちらも血圧が上がったから止めるように言われたというのだ。この2週間前は急に気温が下がり始めたから血圧くらい誰だって冬に向かって上がってくるだろうと僕は思うが、詳細は分からないから、ああそうですか、残念ですねと言うしかない。実際どのくらい上がったのか、むくみや尿量の減少、倦怠感などの他の症状もあったのかどうか何も分からない。ただ、本当に漢方薬のせいなのかどうか判断しようがないから、定石通り服用を止めるしかない。  この二人のあの忌まわしい歳月をやっと克服できるようになった事実を医者が評価しているのかまことに疑わしい。長年恐らく治らないものと決めつけていたのではないか。患者さんの長年の苦しみからの解放を一緒に喜んで、より良い方法を探ってあげればよいと思うのだが、なんだか虚脱感に襲われた。血圧が上がってその原因となるものを探求し排除する努力は当然だが、患者さんの気持ちに本当に寄り添えているかどうかは疑わしい。  僕の薬局に一番無いものは権威。それがないから頼りないが、それがないからお手伝いできることが多い。歯がゆさも多々味わうが、一番似合わないものを今更求めても自爆するだけだ。ここはイラクでもアフガニスタンでもないのだから。