忘己利他

 その子の通う中学校は修学旅行で沖縄に行くらしくて、楽しみにしていた。しかし、起立性低血圧でなかなか朝起きられずに学校にも行けていなかった。症状が普通より悪いのかもう学校には行けないだろうと主治医の先生が言っていた。でも昨年から漢方薬などでお世話をさせてもらっているが、学校にも少し行けるようになって、修学旅行も行けるのではないかと期待していた。 お母さんが漢方薬を取りに来て、沖縄に行っていると教えてくれた。空港まで別行動で送ってもらって、少し躊躇った後飛行機に乗り込んだらしい。お母さんも心配だったろうに、良く勇気を出して送りだしたなと思う。そして養護の先生もよく覚悟をして受け入れてくれたと思う。どちらも逆の行動が一番楽に決まっているが、敢えて彼女に想い出を作ってもらうことを優先した。まさに忘己利他だ。  今から1200年も前と言えば、どんな人達がどの様に暮らしていたのか分からないが現代でももっとも通用しそうな教訓を実践し残した人がいるのだからすごいと思う。ろくなものを食べずに、ろくなものを着ずに、ろくな家に住まず、ろくな教育も受けず、ろくな娯楽もなかった時代に、現代でもっとも欠落しているような普遍的な教訓を残した人(最澄?)がいたことに驚くし、又この国に暮らすことが出来る価値を感じることが出来る。 薬剤師会から帰ってくると二人の若い女性から悲愴なメールが送られてきていた。どちらも調子が良かったのに急に悪化して又不安にさいなまれている。二人とも僕にとっては大切な人。すぐに返事を返さなければならない。県内外を問わず出来ればすぐにでも飛んでいって、一杯会話をして気を抜いてあげたい。真面目で頑張りやさんの陥るトラブルは品のない僕ぐらいな人間の言葉が適している。最近色々なことに巻き込まれて、病気で僕を頼ってきてくれる人達に100%集中できていたかというと疑わしい。僕なりに懸命に努力していたが、忘己利他のかけらでも実践していただろうか。所詮薬剤師の僕が、その肩書きを必要としないところで力んでも何も変えられないことがわかった。僕はやっぱり薬局の中で頑張るしかないのだ。唯一存在の意味を持つことが出来る空間なのだ。最澄の忘己利他と言う教えには背くかもしれないが、僕は「もう懲りた」。