白十字

 これは大変だ。強力なライバル店が現れそうだ。今日その計画を教えてもらって、こちらも今から迎え撃つ用意をしなければならないと思った。 さすがに向こうもうちの薬局を良く研究している。まずうちのおもてなしがなかなか良いらしく、特にコーヒーとお茶がおいしくて、お菓子もなかなか凝っているらしい。薬局に入ってくるお客さんを見ていると楽しそうで、楽しい話や暗い話が混在しているのがいいらしい。  これからの予定を聞いてみると、まず学校で漢方のクラブを作る。大学は薬学部に行き、卒業してからヤマト薬局に修行に来る。漫画家になりたかった夢は、趣味の世界で楽しむ程度にする。薬局を開店するために今から倹約をし、3000円貯まっているお小遣いは使わない。スタッフは接客の仕事をしていたお母さんに店員をしてもらい、システムエンジニアのお父さんに経理全般をしてもらう。薬局の右隣は、料理が得意な友人に喫茶店をしてもらい、左隣は歴史が好きなお父さんを持つ友人に歴史館を造ってもらい、3つの建物を内部で自由に移動できるようにする。薬局の配置は相談しやすいヤマト薬局を参考にするがオリジナルには拘る。周囲は緑と花を植えて自然に囲まれているようにする。 最初に来た時に泊まっていったらと声をかけたらさすがにその気配はなかった。2回目に言った時はすぐに否定はしなかった。今日又同じ言葉を投げかけると夏休みに泊まりに来ると言っていた。夏休みには自由研究に漢方薬を選ぶらしい。僕を見てか、僕の娘を見てか、あるいは建物を見てか、あるいはやってくる人達を見てか、あるいは元気になりつつあるお母さんを見てか分からないが、小学生に少しはよい印象を持って貰えたのかもしれない。聡明な子だからその気になれば当然薬剤師になることは簡単だ。どちらかというと、僕を見てやっぱり薬剤師になるのは止めておこうと思うケースの方が圧倒的に多いと思うから、彼女の場合は少数派だ。ただ、漢方薬をやるにはその少数派でおれる素質が必要だ。限られた素材の中で知恵を絞りに絞って人の苦痛を取り除く地道な作業、長い歳月を必要とする勉強と修行。どれも現代にはない要素だ。合理主義、実利主義などとは相容れない世界だ。  夢中になって娘と話していた彼女は白十字のおいしいケーキを半分残していた。目を輝かせて夢見る職業の大人と話が出来るのは幸せだろうなと思った。あのような経験は僕にはなかった。だから将来なりたい職業などなかった。目的もなく学校に通っていただけだから成績なんか伸びるわけもなかった。動機のない勉強ほど効率の悪いものはない。ちゃんとした動機さえ見つけてやれば子供は自ずと成長する。今更何の得にもならないこんな気付きが、他県からやって来てくれる家族のために少しだけ役立てるとしたら皮肉なものだ。半世紀前に自分で経験したかった。当時僕の前にいたのは品とは無縁のケンカ早い漁師の大人ばかりだった。だからこうなった・・・