動機

 正直僕は言葉を失った。頭を後ろに回って見せてもらったのだが、かき傷で至るところから出血していて、巨大なフケのようなはがれた皮膚が一杯あり、そして当然髪が薄くなっていた。母親は「これでも今日は液体のステロイドを塗っているから綺麗な方なんです」と言った。これで綺麗な方だったら最悪はどの程度まで症状が悪化していたのだろうと気の毒さが込み上げてくる。電話で「少しでも改善されればいいのですけれど」とすごく消極的な依頼をされたのが分かる。母親の気持ちとしては当然だろう。その少しという言葉がずっと引っかかっていたが、その真意が良く理解できた。でも僕としては少しではだめなのだ。随分良くなりましたという辺りまで改善しないと、高校生でも髪が薄くなってしまう。恐らく自分で見えないから気がついていないのだろうが、いや、お互いそれは口には出せれないのかもしれないが、それでは余りにも気の毒だ。特にそのお嬢さんは、いわゆるとてもおとなしい子で口数も少ない。でもそれは他者には不快ではない。いてくれるだけでとげとげしい雰囲気が優しい空気に変わる、そんな存在感を醸し出せる素敵なお嬢さんが、こんな希望のない治療をされているのは可哀相だ。抗アレルギー剤を2種類飲んでいる(皮膚科と耳鼻科)が全く改善をしていない。いつまでこの状態を強いるつもりだったのだろう。 勿論体幹部にもアトピー皮膚炎はあるのだが、僕は頭髪部をそう呼ぶことには躊躇った。だから身体全体を元気にする薬と、頭髪部を分けて考えた。そしてその通りの漢方薬を使わせてもらった。お母さんにも承諾を得た。長年アトピー皮膚炎と言われ治らなくても我慢するようなことを強いられているから、おこがましいが医師の診断より僕の考え方を2週間だけ優先してもらった。  2週間でお嬢さんの頭は見違えるほど綺麗になった。かき傷もほとんど無かったし、ふけ状のものもほとんど出ていなかった。少しでもと言うお母さんの願いは、一気に「すごく」になっていただけた。もう誰が見ても頭に皮膚病を抱えているとは気がつかないだろう。こうした現代医学から漏れ落ちる人達の手助けが出来るのが僕の薬局の唯一の存在意義なのだが、なんとしてでも改善して欲しいと僕を駆り立てたのはやはりお嬢さんが持っている人を傷つけない雰囲気だったのだ。こんなに主観を活かせるのはやはり自由な立場で仕事をしているおかげかもしれない。  良い人にはよい結果をと、単純だが薬剤師として頑張れる最強の動機なのだ。