絵描き

 こんな職業?、芸術家?もあるのかとついつい見入っていた。ごく普通の絵描きを目指していた青年が、その夢を断って家業を継いでいた。それでも夢を諦めきれずに絵を描いていた。何処か人の目に付くところに絵を描きたいと思って捜していたところ、ある自動車修理工場の社長が、シャッターに描かせてくれた。その絵を夜や休日に通行人がカメラにおさめていたらしい。その評判を聞いて、次第に絵の注文が来て、職業として成り立つようになったそうだ。今では多くの人が街の至る所で知らないうちに目にしている。 その絵描きが久しぶりに社長を訪ねて当時のことを感謝していたのだが、感極まって涙を見せていた。絵を描かせて欲しくて街を放浪していたときに拾ってくれた、彼の原点を思い出したのだろう。そして社長の存在に感謝してし切れるものではないことが彼の涙に現れていた。  このような劇的な出会いって、ないようであるものだ。恐らくかなりの人が一つや二つ持っているのではないだろうか。僕も幸いにも3つ持っている。いつか書いたことがあるので重複は避けるが、その中の一人が最近大病をして入院した。でも、師にあたるその方は、さすがにご自分で素晴らしい処方を服用されたのだろう、全くその出来事を感じさせないくらい元気になられた。拠り所として常に尊敬して慕っているが、知識だけでなく謙虚な姿勢までも教えて頂いている。  若い頃の僕は、世間一般と同じように薬は売るものだと思っていたが、お渡しするものだと教えて頂いた。以来30年近く、ひたすら田舎の人達に役立てるようにだけ思い知識を分けて頂いた。僕には絵描きのような華やかな作品はないが、恩に涙する気持ちはあの絵描きにも負けない。でも、あの絵描きさん、善良そうなとても素敵な顔をしていた。その点は完全に負けている。