沈黙

 上がっただ、下がっただ、つぶれただ、買収されただとニュースや新聞でうるさいが、こちとらとは全く関係ない。お金は働いて稼ぐものとしか理解していないから、売っただの買っただの関係ない。生活は稼いだ額の範囲で営むことにしているから、不景気でも構わない。より倹約すればすむことだ。大工だった僕の祖父が「稼ぐことより倹約する方がお金は貯まる」と、母にしばしば言っていたそうだが、職人特有の潔癖さがあったのかもしれない。手段を選ばず稼ぐより、倹約を心がけて礼を失するなと言うことなのだろう。 今困っているのは、ボーナスが何十億円だった人達、資産が何百億円もある人達で、ボーナスもない、貯金もない人のことではない。そんな人は今に始まったことではなく、ずーっと困っているのだ。今困っている人達には何故か国を挙げて支援が行われ、ずーと困っている人には、より困るように制度が変わる。不公平だと思うが、ずーと困っている人は訴える術も知らないから、あきらめてなけなしのお金で煙草をふかす。憂さの一つでも吹き消せればいいけれど、喜ぶのはガン細胞と偉い人達だけだ。  これを契機に、無駄なものを作らない、買わないと殊勝なことを人類が考えればいいのだが、それはまずない。もっと地球を痛めつけ、次の世代の人達を過酷な情況に追いやるだろう。地球という名のウッドベースは軽快に規則正しく響いているが、旋律を奏でるトランペットやサクソフォーンがあまりにもかまびすしい。今はベースソロに鼓動を委ねるときだ。沈黙を語るのに言葉がいらないように。