安全弁

 最後に残った1錠を大切そうに財布からとりだし、これと同じ薬を頂戴とその奥さんは言った。調べてみると、ステロイド抗ヒスタミン剤が一緒になったものだった。どうしてこれがいるのと尋ねると、主人が半年くらい水ばなを垂らすからお医者さんに相談するとこの薬をくれたと言うのだ。お医者さんは、この薬はきついから沢山は上げれないと付け加えたそうだ。1錠飲んだらなるほどぴたりと止まったそうだが、2日目以降はあまり効かないらしい。1週間分が、残り1錠になったから、何とか手に入れようと来たらしい。お医者さんに言ってももらえないと思ったのだろう。  ステロイドが入っているから薬局で売ることは出来ない。そもそもこの薬の前に何か他の薬を試したのと言うと、最初からこれが出たという。他の処方を試す前にこの薬を選択したことにちょっと疑問を感じるが、とりあえず早く治してあげようと思ったのだろう。ただ、劇的に効いたら、患者さんは強い薬で出せれないと言われても、より欲しがるだろう。何かすっきりしないものを感じた。真夏に鼻水も不思議だ。年齢から言うと60才は越えているだろうから、半年前から鼻炎というのも引っかかる。60才過ぎて発症、季節に関係なく毎日症状が出る。ステロイドの薬で効かない。僕は鼻炎ではないのではと思った。  薬を取りに来た奥さんを良く知っているので、ご主人のことを尋ねてみた。するとご主人は、脳梗塞で倒れて、以後水をとるように言われて、暇があれば水を飲んでいるそうだ。世を挙げて水を飲め水を飲めの大合唱だから、律儀にそれを実践しているらしい。僕はピンと来た。要は、水の飲み過ぎなのだ。脳梗塞で運動もせずに水ばかり飲んでいるから、体の中に水が溢れかえり、安全弁として鼻から水を捨てているのだ。溢れたダムの水を放流しているようなものだ。その事を奥さんに解説して、鼻水は安全弁だから放っておいた方がいいと言った。又一つ飲まなければならない薬を増やしてまで止める必要はない。いたずらに世間のブームに乗らず、不必要な水の取り方をする必要はないと言った。そうすれば鼻水もきっと流れなくなるだろう。  症状には必ず原因がある。必ずしも全てに対して薬で押さえつける必要はない。人間も自然の中の一つ。不自然を修復すれば、自然に戻るのが当たり前。ちょっとした漢方的な発想をすれば、病気も病気でなくなる。鼻水ごときでステロイドを飲むのは、不自然への誘導だ。他の病気だって同じ事が言える。病気は叩いて治す物ばかりではない。何かと同じだ。勿論薬は出さなかった。