虫さされ

 都会ナンバーの車から降り立った中年夫婦。虫さされの薬がありますかと言いながら、有名なコマーシャル品の名前を挙げた。勿論あるから、ありますよと答えると、又他のコマーシャル品の名前を挙げた。勿論それもある。奥さんが、やたら腕をかいていたので当然目がいった。一目見て、数日前にやられたもので、掻爬(かきむしった)した後が、二次感染し、炎症を起こしているのが分かった。それにはヤマト薬局で作った軟膏が一番効く。季節柄カウンターの上に一杯作って並べているので、それを勧めると、奥さんはかなり興味を持っていたが、主人は又しても他の名前を挙げた。どれもテレビコマーシャルでしばしば見る虫さされの薬なのだが、局所麻酔剤を配合していて、一瞬かゆみを忘れさせてくれるものだ。勿論蚊に刺された直後ならそれでいいのだが、二,三日経って治っていないものに使っても仕方ない。恐らく主人は、ドラッグストアーなどでしか薬を買ったことがないのだろう。彼にとって薬は名前が全てなのだ。  規制緩和で、どこででも、あるレベルまでの薬が買えるようになる。アメリカコンプレックスの偉い人達が画策したものだ。僕は、自分の専門以外は特に知識がないので、何でもプロの意見を大切にする。僕が電気屋さんにもなれないし、漁師や百姓にもなれない。僕がまるで電気屋さんのように振る舞えば、漏電させて火事になるのが落ちだ。漁師や百姓のように振る舞えば、食中毒を起こすのが落ちだ。一握りの人間達が莫大な利益を得るために、庶民が些細な不利益を無限に繰り返す。集めればどちらが大きいのだろう。  時代の流れは誰かが画策して作るもの。自然な流れではない。虫さされくらいならいいが、人さされに効くような巨大な軟膏を用意しておかなければ。コマーシャル品でないものを。