手ぶら

 今日、中部地方から訪ねてきてくれた青年は、何の荷物も持っていなかった。帰りにはさすがに薬を持って帰らなければならなかったので、紙袋を持つことになったが、手ぶらは、嘗ての僕たちによく似ていた。ジーパンにTシャツ、運動靴。ただそれだけでどこにでも行った。ポケットに財布があればそれだけでよかった。思いついたらすぐ行動し、何も持っていかない代わりに、何も持って帰らなかった。  住所を聞いたら、とても立派そうなマンションの名前を教えてくれたから、豪華なマンションかと尋ねたら、ボロで名前負けしていると言った。嘗ての僕らには、いいも悪いも選択肢はなかった。全部ボロだった。たまに間違って、並の所に住める人もいたが、ほとんどが○○荘と言う名が相応しいところに住んでいた。  何となくその青年と話をしながら、嘗ての僕自身や仲間達の生活ぶりを思い出した。記憶の中から当時の仲間がでてきたような印象を持った。田舎から都市部に出て、不毛の日々を送った。金がなかったから、繁華街を彷徨い、喧騒を食って精神の飢えをしのいでいた。秩序は自分の中で解体し、一本足でアーケードに張られた綱の上を歩いていた。拠って立つところがなかった。将来に不安を持つほど堅実ではなかった。目を閉じれば、パチンコ台のチューリップがひとり明日へ誘ってくれた。時間はマンホールの底で淀み、あることが苦痛で、無いことが解放だった。  思い立ってすぐ訪ねてきてくれた手ぶらの青年が、心の中まで手ぶらになった時、青春の落とし穴から抜け出せる。