間合い

 「体調も良くなったけれど、漢方薬で綺麗になったのではないの」と半分冗談、半分本気で言った。突然恋人にもうこれまでと宣告された彼女に、そんな男はだめだから(経過を聞いた上でのこと)別れ話を切り出されのは幸運だと以前言っていた。その後再挑戦したらしいが返り討ちにあって、それがきっかけできっぱり心の中も切れたらしい。別れを持ち出す側の方が後に引くから、ふられた方がよい。「先輩が次を紹介してくれる」と、笑顔で言っていたから、立ち直りの早い子だ。しかし、冗談ではなく実際最初に来た頃よりはずいぶん美人になったような気がする。それは恐らく僕が彼女の人格を理解し始めて、人物としての彼女を見ることが出来るようになったからだろう。最初は体調不良を訴えて漢方薬を希望している子でしかなかった。2週間に一度会うたびに、身体のこと以外の会話が増えて、彼女の考えや行動を垣間見ることが出来るようになった。地方に住む若い女性が、家族に守られて、友情を育み、労働を提供し収入を得る。人を好きになったり、職場の人間関係で悩んだり、映画になるほどの華やかさはないが、それでも懸命に生きている素敵な営みがあった。  今日は土曜日なので、処方箋調剤がほとんど無く、僕の好きな昔ながらの普通の薬局でおれた。半分以上の人が漢方薬を取りに来る人で、遠くから来ている人が多かったので、ゆっくりと雑談を挟みながら応対をした。娘と妻が午後からいなかったので、88才の母と2人で切り盛りした。そんなに忙しい薬局でもないが、1人で全てをこなさなければならなかったので、母のお茶を勧める間合いに救われた。  時代の流れだから仕方ないが、今日一日を振り返って気付いたことがある。僕は、ドラッグストアでは治せない軽いトラブル、病院が苦手とする症状が多岐に渡っている病気、その両極端を期待されているみたいだ。本当はその真ん中こそが薬局の守備範囲なのだろうが。  僕自身の体調が良かったせいで、今日はとても多くの会話を楽しんだ。昔なつかしい薬局の中に僕と母がいた。50年の歳月が茶色に焼けた白黒写真の中からあぶり出された。