豊か

 「一生懸命勉強して、国の為に役立ちたいです」と微笑む姿に、力みはない。彼女にとって当然のことなのだろう。僕の住む国では滅多に聞かれない言葉だ。彼女の「国」と僕の「国」は違うのだろうか。国は、具体性を持って語れないし、見えるものでもない。蜃気楼のようにつかみ所がなくて、変幻自在だ。ただ僕にとって「国」からイメージできるものは窮屈なものでしかない。  彼女は違う。きっと大きな拠り所なのだろう。政府を指すのか、国土を指すのか、国民、或いは家族をさすのか分からないが、彼女は「国」の役に立ちたいとはっきりという。こんなごく普通の若い女性に想われる「国」は幸せモノだと思う。余程裏切らなかったのだろう。まだまだ豊かな心が残されているのだろう。物質で汚染されていない心が残っていたのだろう。  その国の恐らく純朴な人達に負けない心を、彼女らがこの国にいる間に経験して欲しいが、何しろこの僕も物と引き替えに心を失った部類だ。彼女に与える物はすべてお金で買える物ばかりで、頂く物はすべてお金で買えない物ばかりだ。楽しい会話、珍しい知識、思いやり、礼儀・・・  すべてが物を介して動くこの国の特徴が自分の行為にも良く出ている。本当は心の動きを物は補完するだけでいいのに。まさかこれを豊かと言うのではないだろう。