牡蠣

 牛窓は隠れた牡蠣の産地だ。広島みたいにブランド品ではないが、同じ瀬戸内の漁港だから、牡蠣の養殖には適している。毎年この季節になると、水揚げされた牡蠣をむく女性が活躍する。テレビの映像で見たことがある方もおられるかもしれないが、1日中腰をかけたまま、道具を使い牡蠣の殻をこじあけ、中の身を掻き出す。単純な作業だが熟練した人でないと生産が間に合わず元が取れない。恐らく1,2秒で1個をむくことができるのではないか。1日8時間くらい腰掛けたままの仕事だから身体はきつい。まして、若い人でこのような仕事をする人はいないので、勢い60を越えたような人ばかりだ。忍耐強いことこの上ないが、それでも身体には応えて、鎮痛剤や便秘の薬、貼りクスリなどをよく取りに来る。  僕は鉄板で牡蠣を焼いて食べるのが好きだ。味付けは酢しょうゆで食べるシンプルなのが好きだ。もちろん殻付きを豪快に海水の味だけで焼いて食べるのも、牡蠣フライも好きだが、食べる度によく知っている牡蠣むきのおばちゃん達のことを思う。冬の間、稼ぐおばちゃん達のことを思う。手も起用、口も器用な愛すべきおばちゃん達のことを思う。

あんた あたいのこの臭い なんだか分かるかい 体の中までしみこんだ あたいの臭いが分かるかい あたいこの町で一番の 牡蠣むき女って言われてるんよ 朝は朝星 夜は夜星 寝る間も惜しんで牡蠣むくんよ 冷たい風が吹き抜ける 海の臭いがする仕事場じゃあ 日がな一日 女達の楽しいおしゃべりの声がする

あんた あたいの生き甲斐が なんだか分かるかい 四十女の喜びなんて あんたにゃ分かるまい 家じゃ酒飲み父ちゃんが 仕事もないのに朝から 冷や酒食らって歌ってる 今日は1級酒はりこむんよ 今年二十歳の一人息子にゃ 車も買ってやったから そろそろ可愛い嫁さんでも あたいが見つけてやらなきゃ

あんた あたいの手を見てよ 女の手をしているかい 牡蠣打ち持つ手を見ておくれ まるで男の手よ いいとこの奥さん笑いながら お化粧でも少ししたらって言うけど あたいその時言ってやったさ 奥さんちょっと聞いておくれ なるほどあたいは牡蠣むき女 塩の臭いもするだろうけどさ だけどあたいらがいなけりゃ あんたらうまいもん食べれん

あたい 仕事のほかには 何もできやしない あたいから仕事とったら 何も残りやしない あたい父ちゃんの所へ 嫁に来てからと言うものは 朝から晩まで働いたさ 子供も大きくしたんよ あたい死ぬまで牡蠣むき女 何も残せやしないけど あたいの身体にしみこんだ 海の匂いが好きさ