事実

この話は、本人の承諾を得ている。過敏性腸症候群、とくにガス型の人は読んで一考して欲しい。  甲信越地方から一人の青年が訪ねてきてくれた。彼は小学生からのガス型だから16年の病歴(?)だ。中学高校と気がつかないうちにガスが出てしまい、陰口を言われいじめられたそうだ。そして人が近くにいると、極度に緊張をし冷や汗が出、めまいが起きたりしてパニックに陥る。ことあるごとに予期不安におちいる。このような状態で生活の質を保てられるはずがない。神経をすり減らして頑張ってきたのだろう。  彼には煎じ薬と粉薬を飲んでもらっている。東京で資格試験を受けたのだが、前日も、前前日も電話をくれた。試験が済んで、僕と話してみたくなったみたいでわざわざ訪ねてきてくれた。  1泊2日だったので、ゆっくりと濃密に色々な話が出来た。体のことだけでなく彼の進路についても話すことができた。僕にはあらゆる情報が宝なのだ。彼を治すのに不用なものなんかない。薬局の中で彼は僕のホームページのアップの手伝いをしてくれた。その時に偶然やってきた女性が、過敏性腸症候群の患者さんで、去年の8月に1週間分の漢方薬で改善した人だ。僕は大げさな病気の説明をしないから、当人は過敏性腸症候群なんて自覚はない。だから簡単に治る。青年は僕と患者さんのやり取りを聞いていて、同病だとすぐ分かったらしく、まして難しい話をなにもしないで薬が作られて渡されたことに驚いていた。患者さんはおばさんだから、気楽に青年に話しかけて10分くらいは話しこんでいたみたいだ。甲信越からわざわざ来ていることをとても驚いていた。彼とは、相談机を挟んで話もした。妻の車で牛窓を見物もした。ホームこたつを囲んで食事もしたしお茶も飲んだ。かなり長い間、恐らく本来なら彼が苦手とする状況で一緒に過ごした。彼は若干は心配になったみたいだが、勿論ガス漏れなんかあるはずがない。僕は彼が邑久駅から妻の車でいっしょにやってきた時から分かっていた。いや、本当ははじめて相談のメールで送られてきた問診表を読んだ時からわかっていた。  本題に入ろう。僕はカウンセラーではないので、彼を心地よくさせようなんて全く思っていない。ただ、折角来てくれたのだから事実だけ見つめてみようと心がけていた。核心のガス漏れについて、彼に尋ねた。陰口を実際に言った人に、真意を確かめたのか。答えはNOだ。彼の想像でしかないのだ。ただ彼が一度だけはっきり言われたことがあるらしい。それも実のお兄さんから悪意を持ってではなく、自然に言われたらしい。彼はそのことがトラウマとなっている。いじめでも悪意でもない指摘に一瞬僕は戸惑ったが、絶対にガス漏れはないと信じている僕は彼に質問した。「季節はいつだったの」彼は記憶をたどって答えた。「夏です」「窓は開けていたの?」「はい、開けていました」そこまで答えて彼はあることに気がついたらしい。「僕の家の前は、牛を飼っている人がいてその臭いがよくするんです」僕が解説するまでもなく彼は気がついた。開け放っている部屋にいた彼は牛の糞の臭いは慣れていた。そこへ入ってきたお兄さんは、はじめての臭いだったから、臭いと感じた。逆にお兄さんがその部屋にずっといて、彼が入ってきたなら、恐らく彼が同じ印象を持っていただろう。冷静に考えればこんな誤解をする必要はないのだが、体調が不良だったりすると、私のせい、僕のせいになってしまう。こんなたわいもない誤解で青春を無駄にしないで欲しい。青春の落とし穴は大きな口を広げて待っている。誰が落ちてもおかしくないくらいな大きな口を。だから悲鳴を上げて。一人で頑張らないで。失敗体験の多さなら負けない大人が回りには必ずいるはず。不恰好に生きている大人が必ずいるはず。格好よく生きないで。不恰好に気楽に生きて。失うことは怖いことではない。身軽になって。心地よい解放感が待っている。  青年から今しがた無事帰ったとの電話があった。もう受話器の向こうに確かな彼を想像しながら話が出来る。帰りの新幹線や電車は気楽に乗れたそうだ。恐らく彼は早いうちに完治する。彼もその手応えを感じていると言っていた。最近僕が皆さんに言っていること。治るのは漢方薬半分、事実の追求半分。まさに彼はそれを実践しに来た。気持ちのよい好青年だった。