中庸

 ワンマン、独り善がり、職人気質、自我自賛。どの言葉を冠につけてもピッタシだったその男性は、僕の前で懸命に僕の言葉についてこようとするが、どのくらい理解できているのか怪しい。本当にちょっと前まで、鼻につくくらい自信に満ちていたが、今はその面影はない。家族の援助があるように思えないし、自分で身の回りを完璧にこなすとは尚思えない。病院でもらった薬を持ってきて、服用方法を尋ねるのだが、まるで幼子に言うように教えてあげなければならない。同じことを何回も繰り返し尋ね、それに又僕が答える。果たして、家に帰って今言ったことが思い出されて、正しく服薬出来るかはなはだ心もとない。経営者だからか知らないが、ほとんど命令口調で会話をしていたが、きっと病院で若い女性の薬剤師にさえ、尋ねることが出来なかったのだ。嘗ての勢いをわずか半年くらいでなくしている。  その男性が飲みかたがわからないといって見せてくれた薬が、アルツハイマー病の薬だった。最近の急激な性格の変化が、それでやっと説明がつく。薬の袋にアルツハイマー病の薬と書かれているのだが、その病名に一向に反応しない。不安そうに僕を見るその視線に、嘗ての自信はない。最初に列挙した性格の持ち主が、アルツハイマー病にかかり易いと言うような考えを聞いたこともある。科学的に立証されているのかどうか知らないが、その落差に哀れを感じる。しかし、自然はうまく出来ているもので、ほとんどの場合、つじつまを合わせに来る。漢方薬は中庸を重んじる。右でもなく左でもない。上でもなく下でもない。北でもなく南でもない。強くもなく弱くもない。暑くもなく寒くもない。  人の生き方も同じはずだ。幸せ過ぎるでもなく、不幸過ぎるわけでもない。この辺りが程ほどで目指すべきところなのに、一部のもの達は、幸せ過ぎることばかり願っている。だからどんな手段でも使ってしまう。ほとんどの人が一生のうちで遭遇する。山を崩す為の谷や、谷を埋める為の山に。