肩身

 信号で止まったので何気なく車窓を眺めていると車の販売会社の前だった。入口の近く、ショールームの近くでもあるのだが、室外においてある折畳用の椅子に腰かけて、一人の男性がマスクを顎までずらし煙草を吸っていた。従来ならどこにでもあっただろう光景だが、なんとなく違和感を持ったから目が留まってしまった。
 タバコ吸いがマスクをする?1000種類以上の化学物質を含む煙を吸う人間が、そしてその中で数十種類の発癌物質を含んでいるのに何をマスクで防ごうとしているのだろう。本来なら気管支の入り口にマスクをしなければならない人種だ。そもそもショールームから、おそらく家族が見物中か商談中なのだろうが、たばこの副流煙を他人に浴びせないために出てきたのだろうか。いやいや、そんな殊勝な考えはたばこ吸いにはない。30数年前の僕がそうだったからよくわかる。喫煙不可の場所から仕方なく出てきただけだろう。肩身の狭い人間が、信号で止まった車とわずか数メートルのところで、多くの視線にさらされる羽目になっている。その方が余計居心地は悪そうだが、ニコンチン中毒中の人間にはわからない。かつての僕がそうだったように。
 いっそのこと顎のマスクは心まで下げたほうがいい。心は最早タールでべっとりとおおわれている。