栄耀栄華

 あのしわがれ声は、唄い過ぎか、酒か、バコか。あるいはその全てか。
 近畿地方からもう10年近く漢方薬などを依頼してくださる女性がいる。大きな声で話し陽気で気風がいい。僕は気性が合うと思うが、相手によっては圧迫感があるかもしれない。主に漁船相手の鉄工所をやっていた祖父の関係で漁師に囲まれて育ったから、一見男勝りの女性でも好感をもってしまう。会ったことはないが、珍しい経歴が、電話口から伝わってくる。恐らく僕の人生でその肩書きはその方だけだろう。
 さすがに今は引退しているから、素のまま僕に接しているのだろうが、恐らく現役時代は芸や作法で身を固め、はっと驚くような魅力で男どもをひきつけていたのだろう。恐らくその魅力に惹かれた人たちだろうが、お医者さんや病院の名前もしばしば口から飛び出し、時には遠来の客と思しき地名や人名も出てくる。いまだ患者としての付き合いを律儀にやっているみたいだが、何故かこの数年はもっぱら僕を頼ってくれる。80歳も折り返しを過ぎれば体調不良は後を絶たないから、そして漢方薬が今のところ高確率でお役に立っているからだろうが、僕でいいのと言うくらい頼ってくれる。
 テレビや映画でしか見たことがない「芸者」の方との、漢方薬を介しての相談電話がもっぱらだが、時に出てくる言葉にその世界のほんの一部を知る。いろいろな人が、色々な人生を歩んで、そして静かに去っていく。どんなに栄耀栄華を極めてもいつかはそっと消えていく。