教会のパーティーで歌いたいと立候補したベトナム人女性が練習をしたいからと言うのでギターで伴奏をしてみた。と言っても僕は知らない歌だったから、まだまだ未完で、日曜日まで間に合うかどうか不安だ。
 合わせてみて余計不安になった。本人がとても好きだというので、彼女の歌うのに合わせてでも和音を弾いていればいいかくらいに思っていたのだが、まだ小節が変わってもいないのに次の小節を歌い始めたり、その逆もありで、歌い出しが合うだけで、すぐに歌とギターがバラバラになる。僕も何度もユーチューブを聞いて覚えようとしたのだが、元々興味がない歌だから頭になかなか入らずに、乱れの原因は僕にもあるのかなと思ったが、何度か挑戦している間に、完全に歌い手に問題があると確信した。
 そこである質問をしてみた。ベトナム人は音楽を学校で勉強するの?と。すると音楽の授業はないらしい。日本だと小学校と中学校で勉強するからそこそこの知識は誰にでもある。身振りをくわえて、音楽には4拍子とか3拍子があると説明すると、どうやら初耳らしくてピンと来ないみたいだ。道理で歌いながらリズムを刻まないから小節を無視して自由に歌に入ったり、早々と切り上げたりするのだ。彼女達にはルールはないのだ。
 日本がいろいろな点で優れていると、アホコミ総動員の汚部の欺瞞に乗じるつもりはないが、こと音楽教育と言う点ではベトナムよりはましみたいだ。同じような経験は大原美術館でもした。絵を理解できる感性を僕は持ってはいないが、それでも有名な画家の名前くらいは知っている。もう何十人もベトナム人を案内したが、セザンヌ マネ ミレー モネ ルノワールなどは勿論、ピカソすらいまだかつて誰も知らなかった。まだまだ発展途上にあり、授業内容も発展途上なのだろう。
 もう何年でベトナムが日本を追い抜くのか分からないが、あまたの労働者がやって来て、日本からお金を大量に持っ帰るのではなく、文化の片鱗くらいを持って帰ってほしい。ただし、日本人の精神は経済至上主義に侵されて、もう持って帰る価値もない。同じ轍を踏むなと耳元でささやくくらいだ。