暗黙

 暇な薬局でもこういう状況が時々はある。何と同時に4人の方が来られて、こちらも4人でそれぞれ応対した。僕が応対したのは、つい最近公務員を卒業した体の大きい人で、愛想は至って悪い。公務員だから愛想は要らないのだろうが、もう少し愛想がよければ市長選挙にでも出られる。彼と話しているうちに、他の3人はそれぞれ用が済んだのだろう出て行った。それなのに薬局の駐車場には彼が乗ってきた車と超高級車が2台止まっている。そのうちの1台には既に人が乗り込んでいるのに動こうとしない。結局は僕が応対していた人が帰るために車を動かしてから、その車も出て行った。
 その車の主は娘が応対していた。そして娘が言うことには、車の中から電話がかかってきて「おっちゃん(公務員)は、まだ用事が済まんのかなあ」と尋ねられたらしい。なんでも元公務員の車が邪魔で駐車場から出られなくてずっと耐えて待っていてくれたらしい。これなら別に珍しい話ではない。この話が面白いのは、その車と、それに乗っている人間のユニークさだ。その車はかつて僕に教えてくれたことがあるが1000万円する〇〇〇で、乗っている人間がご法度の裏街道を歩く種類の人間だ。本当なら少しでも待たされでもしたら、怒鳴り込んできそうな人間だが、じっと耐えて待っていたらしい。僕は思わず「あんなにいきがっていても気が弱いんだ」と笑ったが、理由は簡単だ。どちらもこの町の出身だから、お互い幼い時から知っている。その頃はどう見ても体の大きい元公務員のほうが強そうだし、今でも強そうだ。1対1ではとてもかなわないし、田舎では問題を起こせば住めない。だから車の中でイライラしながらおとなしく耐えていたのだと思う。幼い時の暗黙の力関係から抜け出せれないのだろう。そういった意味では僕は2人のまだ上にいる。腕っ節はめっぽう弱いけれど、暗黙の力関係はしっかりと生きていて、好き放題を言う。
 田舎のよいところは、ご法度の裏街道を歩くような人間でも耐えることを知ることが出来ること。弱みを皆が知っているからいきがらなくてもよいところ。命を無駄に縮めなくてもよいところ。