桶屋

 今カルテを見て、もう3年のお付き合いになるのかと、時の速さに改めて驚くが、途中1年間は来られなかったから正味で言うとまる2年漢方薬を飲んでいただいていることになる。  最初に来られた時には、御主人を亡くしてから2年が経っていた。夜間口が渇いて2時間ごとに目が覚めるらしい。その都度湯を飲んだり飴を舐めたりしなければ耐え難いらしくて、それが2年も続いていたからかなり憔悴していた。病院では粘膜の薬と、熱を冷ます漢方薬と、睡眠薬高脂血症(高コレステロール)の薬が出ていた。  僕の漢方薬を飲み始めて2週間で症状が7割改善してずいぶんと楽になった。夜に目が覚めるのも減ってきて、お湯を口に含んだり飴を舐めたりする必要がなくなった。口の渇きをひょっとしたら作っていたかもしれない睡眠薬と粘膜の薬と漢方薬が必要なくなった。結局僕の漢方薬は10ヶ月飲んでやめた。それ以降は1年くらい来られなかったから、元気にしていたものと思っていた。ところが1年ぶりに来られたら、なんとなく力強さに欠けていた。80歳を超えても頭もさえて上品な方だったが、それなりの年齢になっていた。そこでコレステロールの値を聞いてみると、下がりすぎのような気がした。僕はコレステロールはある程度高くないと元気でおれないと思っているから、血管を守るために最近発売された魚油で出来ている薬に変えて貰ったらと提案した。出来るなら化学薬品ではなく自然な材料のものを体に入れて欲しかったのだ。先生は快く変えてくれてそれを服用していた。ところが最近ある先生にかわったらそれも必要ないと言われ結局一切病院の薬は要らなくなった。80を超えて薬が完全に切れたのだ。今は僕の元気になる漢方薬だけ飲んでいる。何処も不都合がないらしい。  この経験で、もし全国の門前薬局が薬を減らすことに必死で取り組めば、日本の医療費などずいぶんと削減できるのではないかと思った。一目見て不必要な薬も出ているし、患者と真剣に向き合えば本当に健康になる方法を見つけることは出来る。ただ如何せん、患者が治らなくていつまでも薬を飲んでくれなければ医療人は食ってはいけないのだ。建前はともかく実際はきれいごとばかりではない。病気になってくれ、薬を飲んでくれて、医者も薬剤師も儲かるのだから他のどんな職業とも違いはない。風が吹かなければ桶屋は廃業だ。  睡眠薬を飲まなければ眠れないと勝手に思い込んでいた。コレステロールは低ければ元気になると思っていた。口の中の熱をとれば渇きが取れると思っていた。粘膜の保護薬を飲めば口の乾燥感が取れると思っていた。全ていらなかったのだ。僕に言わせれば、体の中の水分が枯れていただけだ。その挙句心まで枯れてうろたえていただけなのだ。だから僕は潤いを得られる漢方薬と、潤いが得られる会話をした。ただそれだけだ。