公平

 年金だけでは、生涯足らないお金が2000万円と言われたり、3000万円と言われたりしているが、そうした過程で出てきた違う数字のほうが深刻だ。還暦の人に対してのアンケートで貯金が100万円以下の人がなんと25%もいるそうだ。いろいろな理由があるのだろうが、これはかなり心細いと思う。国民年金の人もこの中にはかなりいると思う。となると、年金があろうがなかろうがやっていけれないのではないか。できるだけ長く働いて自立しなければ、残りの生活保護人生が長くなってしまう。それを申請できる人はいいが、下手にプライドが高ければ飢え死にしなければならない。
 この数字を聞いて優越感を持ったり、自分は恵まれているなんて考えている人も、次の数字を聞くと一気に谷底だ。なんと、還暦で1億円以上の貯金を持っている人が8%もいるそうだ。これはもう安泰だ。体が動く間は贅沢三昧をし、動けなくなれば医療つきの豪華な老人ホームに入ればいい。いつからこの国もこんなに富める人とそうでない人の差がついたのか分からないが、不平等も極まっている。
 ところが最近のニュースをにぎわしているのは、圧倒的多数の下流の人たちだけでない。経済をはじめ多くのものをもっている階級の人たちも結構主役になっている。多くのものをもっていてもいつ家庭に不幸がやってくるかわからないご時世なのだろう。頷けるところもある。悪徳政治屋に忖度し、国民の血税をやつら上納する疫人の家庭に正義があるはずがない。子供の価値観が混乱するだろう。貯金もできずに本当にぎりぎりで生きて行く人たちに巨悪は無縁だ。因果応報、せめて苦しみだけは公平に。

倭(YAMATO)

昨日初めて、兵庫県の山崎と言う町に行って来た。中国縦貫道のインターチェンジがある町だ。竜野からまっすぐ北に上がるのだが、30分もかからなかったように思う。ところが竜野から少し走ったあたりから、道路の両側に小さいけれど結構鋭角の形をした山々が連なり始めた。小さな山が途切れなく連なり大きな連峰を作っている感じで、景色の変わり目の速さに驚いた。当然山間を流れる川には勢いがあり、車窓越しの景色にベトナム人達は見とれていた。
 僕がわざわざそのあたりまで出かける理由は一つしかない。和太鼓のコンサートだ。県外まで、それも見知らぬ町まで出かけさせる、そのまた理由は、倭(YAMATO)のコンサートだからだ。10年くらい前に岡山で見たときに、海外で活躍するプロ集団の実力を知ってから、又見てみたい、聴いてみたいと思っていたが、なかなか地方では機会がない。日曜日しかコンサートに行くことができないという制約もあいまって、多くのコンサートを諦めているが、コンサートを物色するエリアを少し広げてみたら、運よく山崎での開催を見つけたのだ。
 もう何度も和太鼓のコンサートに連れて行っている彼女達も、幕が上がったとたん驚き、歓声を上げていた。片道1時間半の苦手な運転が報われる一瞬だ。あっという間の至福の時間は過ぎたが、後で多くの写真をメンバーの方達と一緒に撮ってもらい、思い出のかばんに又一つ入れてあげることができた。
 それにしても毎回思うことだが、北の町って、人口規模以上の商業施設が整い、文化活動も盛んだ。目に見える集落は一つ一つは小さくても、広域から人を集めるから実際には見た目以上の力があるのだろうか。それとも不便さを克服する力だろうか。牛窓みたいに南部と言う立地に甘んじて何もせず指をくわえて衰退し続けるのとは大違いだ。
 目も耳も肥えてしまった彼女達に、世界を股に活躍するチームも地域で精進する素人チームも、どちらもすばらしいんだよと言うと、「ワタシ ゼンブ スキ」と答えた。無用な一言だった。
 

 そうか、誰でも知っている歌は、実際には誰も知らない歌だった。これはちょっと驚きだったが、考えさせられた。僕の、僕らの常識は他の世代にはまるで非常識なのだ。
 五つの赤い風船の「遠い世界は」僕ら世代で知らない人はいないくらい有名だった。この点は恐らく間違いはない。ところが、「僕ら世代」は結構、上にも下にも幅が狭くて、僕ら世代だと思っていた人たちが僕ら世代でないことに気づかされた。明らかに僕が想定した人たちは世代が別物なのだ。せいぜい僕の上5歳、下5歳くらいまでか。かつて共通の価値観で行動をともにした世代はそうしてみると社会では結構少数派で、現在活躍している人が少ないのも当たり前だ。当時の僕ら世代をリードした賢人たちはすでに世を去った人のほうが多い。
 妻が、教会のパーティー用に「遠い世界」を僕が練習していると報告したときに、その歌を知っている人がいなかったと帰宅後教えてくれた。そこで上記のような感慨に浸ったのだが、結局日本人用の歌を用意しないことにした。その日のパーティーの趣旨は、フィリピン人の神父様の誕生祝だから、フィリピン人が主体になればいいので構わないことなのだが、こうしたおせっかいが、気づきを与えてくれた。無駄なことはない。何でもできることは引き受けて、誠実に対処すれば思いも寄らぬ考えに遭遇できる。頭の中のプレゼントは、どんな物よりもスリリングで価値がある。もう物などいらない。

超加工食品

 超加工食品を1日4サービング以上摂取すると、死亡のハザードが相対的に62%増加し、1日1サービング増えるごとに死亡リスクが18%増加することが、スペイン・ナバラ大学のAnais Rico-Campa氏らの調査で示された。既報の成人を対象とした前向きコホート研究により、超加工食品の摂取は、がん、過敏性腸症候群、肥満、高血圧のハザードの上昇と関連することが知られている。
  超加工食品のうち、最も多かったのは加工肉(15%、ハム、ソーセージ、チョリソ、サラミ、モルタデッラ、ハンバーガーを含む)と砂糖入り飲料(15%)で、次いで乳製品(12%、カスタード、アイスクリーム、ミルクシェイク、プチスイスを含む)、フレンチフライ(11%)、ペストリー(10%、マフィン、ドーナツ、クロワッサンや他の非手作りペストリー、菓子類を含む)、クッキー(8%、ビスケット、チョコレートクッキーを含む)の順であった。
 
 超加工食品と言う言葉は初耳だったが、その具体的な内容を見て納得だ。「おいしいけれど危険」とも言い換えられる。「便利だけれど危険」とも言えるし、「あえて買わずに頂き物だけ味わって食べる」でもいいし、「カタカナで表される食べ物は危険」と言えるし、「垢抜けている食べ物は危険」とひがんでも仕方ないが、「食べたこともないような食べ物」は危険だし、「聞いたこともないような食べ物は危険」だ。
 1日4回、こうした食べ物をとる人が実際にいるのかどうか知らないが、美味しい、は命と引き換えなのだ。美味しいものを多く楽しんだ分だけあちらに行くのが早くなるなら、現在の寿命を延ばした世代が去った後には確実に、寿命は後戻りする。窓ガラスのほうに向かって腰かけ、通行人と目をあわすことすらいとわない世代はきっと早く逝くだろう。企業の演出に乗り命を削る。哀れな消費者だ。素材から手を加え、それが拙くても、自然に近ければ命は養われる。精神も肉体も企業の消費者。政治屋の思う壺だ。

 

人生相談

 高橋源一郎毎日新聞の人生相談を楽しみに読んでいる。今日の内容は、20歳代の女性からのものだ。その答えを読んでいて、この感動を皆さんと共有したいと思ったので、コピーした。「生きるのがおっくう」と言うタイトルの相談内容だ。

 感情を持つのも呼吸をするのも、面倒でなりません。やりたいことや夢もない。全て放棄した結果、今ではわが家のごくつぶしです。世の中には病気で長生きできない方がたくさんいるのに、不謹慎な悩みだと分かっています。2人の弟は有名企業と有名大学におり、彼らの人生と差がついてしまいました。劣等感はあるのですが、行動する気力はおきません。自殺する勇気もない。でも生きるのは面倒。わがままですよね。(24歳・女性)

 あなたは、「ごくつぶし」でも「不謹慎」でも「わがまま」でもありません。ただ、「ふつう」なだけです。じつは、あなたみたいな人、ものすごく多いんです。みんな、口には出さないけれど。わたしもある時期そうでした。何ヶ月も、ただ天井だけ見て過ごすとか。やりたいことが何もなかったので。
 今でも時々そうなります。何をしたって、最後は死んじゃうのだから。かわいい子供がいるじゃないか?しょせん他人じゃありませんか。
この世でいちばん好きな、小説書きをやっているじゃないかって?わたしの書いているものなんか、死んだらすぐに忘れ去られます。何の意味もないことをやっているだけです。
 残念ながら、この問題に根本的な解決策はありません。だって、それは、あらゆる人間がかかる病なのですから。
 そのままでいいじゃないですか。息を吸って吐いて、寝て起きて、壁でも見ている。そのうち年とって死んでしまうから、問題なし。絶望して死んでゆくだけ。それこそ、他の生きものにはできない、人間らしい生き方なのかもしれません。
 一ついいことを教えてさしあげます。人間がみんな突然かかる、もう一つの病があります。「希望」という病です。絶望と同じように、この病にも突然かかります。理由もなくね。かかった瞬間、世界は突然美しくなります。その病にかかられるように心よりお祈りしております。、

希望

 80歳の大台に乗った男性が僕の目の前で目を潤ませ始めたから、その局面から逃げ出さないと僕ももらい泣きをしそうだったので、得意のギャグで乗り切った。でも、その涙は悪い出来事での涙ではなく、よい結果での涙だからもらい泣きしてもいいのだが、一応僕も当事者だから、取り乱すことは避けたい。
 2週間前に、頚椎ヘルニアで困っている主人の薬を作ってと頼まれた。奥さんの依頼だが、矢張り本人に会ってヒントをもらいたかったから来て貰った。本来なら不意に一人でやってくればいいのだが、気弱なのだろう、奥さん経由で依頼を受けた。しかし、よほど困っていたのだろう電話の後すぐにやってきた。頚椎ヘルニアは首から指先まで激痛に見舞われる。一瞬の痛みではなく継続して痛むからかなりのストレスで、行をしているようなものだ。いわば1日中歯医者に歯を削られているようなのもだ。神経が圧迫されるから激痛が続く。
 その男性も指をくわえて半年耐えていたわけではない。整形外科で手術は年齢を勘案するともう出来ないと断られ、近所の外科でロキソニンをもらって飲んでいる。少しは痛みが軽減するらしいが、ほんの少しだし効果が持続しない。1日中の激痛に耐えているから、表情は暗い。しかし、元々の実直なタイプが邪魔をして、苦痛を前面には出せれない。このまま寿命まで、激痛と共に過ごさなければならないとしたら気の毒すぎる。
 牛窓の人だから1週間分でもよかったのだが、なぜか僕は2週間分作って飲んでもらうことにした。この2週間分が幸運だった。と言うのは13日目に劇的に効果が現れたらしい。その朝目が覚めたらいつもの痛みのスイッチが入らない。首をゆっくり左右に回してみると、それこそ左右に首が回った。そして首の後ろに大きなしこりがあったのに、それが消えていた。まさに「治った」状態なのだ。
 1ヶ月前に、奥さんの長引いた咳を漢方薬で治して、奥さんが漢方薬の力を理解してくれたのだろう。ご主人も漢方薬で治らないかと相談を受けたのだが、奥さんの愛情が伝わって「治った状態」をもたらした。口には出さないが恐らく絶望的な痛みに苦しんでいたのだと思う。老いることは本当につらい。治らない不調が洪水のように押し寄せてくる。縁あって、あの激痛から解放して上げる事が出来たが、日本中には現代医学に見放されたり、小手先の慰めで我慢を強いられて暮らしている人がいっぱいいる。長生きが賞賛されるが、75歳過ぎたら苦行のような人生が待ち受けている。よほど守るべきものを持っている人は別だが、多くの庶民には希望も守るものもない。痛みとともに何年生きて行かなければならないのだろう。
 恐らくその男性も僕と同じようなことを考えていたに違いない。だから劇的に痛みから解放され、次に薬を僕に作るように言った時に、こみ上げるものがあったのだろう。1日中、歯医者で神経を触られているのと同等の痛みに、誰が10年もその上も耐えられよう。
 田舎の町で起きた小さな出来事だが、病気は孤独だ。その人にとっては一大事だったはずだ。毎朝目が覚めるとどこが痛いだろうかと確かめる僕自身にも、希望の症例だった。

歌詞

遠い世界に旅に出ようか
それとも赤い風船に乗って
雲の上を歩いてみようか
太陽の光で 虹をつくった
 お空の風をもらって帰って
暗い霧を吹き飛ばしたい

僕らの住んでるこの町にも
明るい太陽 顔を見せても
心の中はいつも悲しい
力をあわせて生きることさえ
今ではみんな忘れてしまった
だけど僕たち若者がいる

雲にかくれた小さな星は
これが日本だ 私の国だ
若い力を体に感じて
みんなで歩こう 長い道だが
一つの道を力のかぎり
明日の世界をさがしに行こう

 再来週の日曜日に玉野教会でパーティーがある。恐らくみんなで歌を歌う時間があると思うので準備をしているのだが、多くの人が知っている歌を毎回見つけるようにしている。ただ、最近、「多くの人」にもばらつきが出来て、圧倒的多数は僕より年上の人たち。その次がここでもベトナム人。後はフィリピン人。
 「僕でも若造」のグループのために今回は、西岡たかしが五つの赤い風船のために作った曲を用意しようと思っているのだが、練習していてどうしても引っかかってしまう箇所が2つある。40年以上前には当然自然に歌っていた超ヒット曲だが、今はその2箇所がくるたびに抵抗がある。それは「だけど僕たち若者がいる」と「若い力を体に感じて」の部分だ。違和感と照れくささが激しく交錯する。その歌詞を口にはできないだろうと常識が言えば、それはあくまで芸術作品だろうと自尊心が言う。どちらも分からないではないが、その歌詞の所にやってくるたびに違和感を覚える。
 果たして当日、歌ってくれる人たちがどのような気持ちでこの箇所を通過するのか分からないが、若々しい女性たちが多いから意外とすんなりと歌えるのだろうか。40年の歳月は果たしてどんな表情をしてお御堂を満たすのだろうか。