門外漢

 日曜日に医師中心の漢方研究会に参加したときに、講師の先生が、御自分の咳を治すのに2週間かかったと言われていた。肩書きを見るとお医者さんの漢方の世界ではかなり有名らしく、いろいろなところで講演をしている。その先生が、たかが風邪の咳で2週間もかかったらダメだろうと思うが、当時研究会で無理をしていて疲れていたらしく、そう言った時は「腎が傷ついているから」八味丸がいいと言っていた。咳止めではなく腎を補うと言うことらしいが、臓器主体の医学である現代医学を収めた医師が、腎(腎臓ではない)が傷ついているなどと哲学的な単語を使うのが面白い。体力が低下したとか老化したとかと言うのを漢方の世界では「腎の衰え」と言うが、現代医学では正に老化と同意語だ。現代医学では老化に抵抗するような薬はないが、漢方の世界ではちゃんとある。
 僕が漢方薬と出会い勉強した頃、医者に馬鹿にされていたのが嘘のように、今はその人たちが勉強している。僕らは小さな勉強会でこつこつと勉強してきたが、お医者さんの世界は舞台装置も立派だし、後援もメーカーがしっかりやってくれる。ただし、それには落とし穴があり、メーカーの意図に沿うように、マインドコントロールされている節がある。「その病気に、それが効くか?」と尋ねてみたくなるような事例にまま遭遇する。ただし、こちらは 日曜日に医師中心の漢方研究会に参加したときに、講師の先生が、御自分の咳を治すのに2週間かかったと言われていた。肩書きを見るとお医者さんの漢方の世界ではかなり有名らしく、いろいろなところで講演をしている。その先生が、たかが風邪の咳で2週間もかかったらダメだろうと思うが、当時研究会で無理をしていて疲れていたらしく、そう言った時は「腎が傷ついているから」八味丸がいいと言っていた。咳止めではなく腎を補うと言うことらしいが、臓器主体の医学である現代医学を収めた医師が、腎(腎臓ではない)が傷ついているなどと哲学的な単語を使うのが面白い。体力が低下したとか老化したとかと言うのを漢方の世界では「腎の衰え」と言うが、現代医学では正に老化と同意語だ。現代医学では老化に抵抗するような薬はないが、漢方の世界ではちゃんとある。
 僕が漢方薬と出会い勉強した頃、医者に馬鹿にされていたのが嘘のように、今はその人たちが勉強している。僕らは小さな勉強会でこつこつと勉強してきたが、お医者さんの世界は舞台装置も立派だし、後援もメーカーがしっかりやってくれる。ただし、それには落とし穴があり、メーカーの意図に沿うように、マインドコントロールされている節がある。「その病気に、それが効くか?」と尋ねてみたくなるような事例にまま遭遇する。ただし、こちらは門外漢で末席を汚している立場だから小さくなって拝聴している。あと何年したら僕らの知識を越えていくのか分からないが、おそらくメーカーの庇護の元だとそれは無理だと思う。よいしょ、よいしょされ続けている人たちにはハングリーさがないし、漢方薬なんて本来自分の医療行為の中に必要のない人たちばかりなのだから。で末席を汚している立場だから小さくなって拝聴している。あと何年したら僕らの知識を越えていくのか分からないが、おそらくメーカーの庇護の元だとそれは無理だと思う。よいしょ、よいしょされ続けている人たちにはハングリーさがないし、漢方薬なんて本来自分の医療行為の中に必要のない人たちばかりなのだから。

定番

 その夢を見てもう数日が経つのに、忘れられない。僕の定番の悪夢ではあるが、その都度夢から覚めれば終りなのだが今回は違う。僕に言い難いだろうことをはっきり言ってくれたのが誰だか知りたいから、忘れられないのだろう。学生時代、悪友ばかりだったから、そんな極めてまともなことを言う人なんかいなかった。だから余計好奇心が高まり、いまだ拘っているのだ。
 卒業してから何回もうなされるのが、卒業試験の夢だ。何年かかっても卒業できそうになかった僕が当時奇跡的に卒業できた。もっともストレートに進級したわけではない。3年生を2度やった。卒業延期も複数回しそうだった。どんな偶然が働いたのか今だ謎だが、どうにかこうにか卒業できた。ところが何かとストレスに見舞われたときに決まって卒業試験が迫っている夢を見る。
 今度の夢もいつものパターンで進んでいた。どんどん追い詰められて行き夢の中でパニクっている。ところがある男性が、勿論学生だが、僕に「大和、そろそろ勉強を始めろよ」と言ってくれた。その逆は始終飛び回っていたが、勉強しろと堂々と言える人は珍しい。かつてがそうであったように、足の引っ張りあいか傷の舐めあいみたいなものだ。夢の中でも顔はおぼろげだった。そんな当たり前のことを言ってくれるような人は身の回りにいなかったから、余計新鮮なのだ。
 大学時代は僕の人生で一番勉強しなかった時代だ。だからこうして疲れが溜まってくるとフラッシュバックして僕を苦しめる。「僕は卒業している、僕は薬剤師に既になっている」とまるで夢遊病者のように訴える。いつまでこんな自虐的な夢を見なければならないのだろうと嘆きながら、かつてのトラウマともう40年以上戦っている。

方向感覚

 いつからか明らかに僕の土地勘は狂い始めた。昔は自信があった。車は勿論持っていなかったし、バス代も電車代も出来る限り倹約したからよく歩いたものだ。方角を何となくかぎつけ、どうにか辿り着ける自信はあった。途中で道を尋ねることも少なかった。1地時間や2時間歩くことは平気だった。
 ところだが、今はもうだめだ。広島のお医者さんの漢方研究会に日曜日に行くにあたって、会場をインターネットで調べて頭に入れていおいたのだが、何と駅の南北の出口をそもそも間違ってしまった。まず駅を出て左に進み、二股に分かれた道を右手に進むと、目の前にすぐ医師会館が現れる・・・・はずだったが、そんなものはなかった。午前中宮島に行き、研究会の後、原爆ドームにかの国の女性2人を案内したかったから、研究会の2時間を挟むように予定を組んだ。ところがそれらしい建物が見当たらない。しかし偶然、昼食の駅ビルでのお好み焼きが混雑することなく早く食べることが出来たので、時間ぎりぎりでなく20分くらいの余裕があった。本来なら僕は自力でこの状況を切り開くタイプだが、4時15分に広島駅でかの国の女性達と再会する予定だから、全てスケジュール通りに進めなければならなかった。日本語が全く分からない彼女達とはぐれたらきっと2人は牛窓に戻れない。そういった理由で迷うことなく、偶然見つけた不動産会社に入って道を教えてもらった。
 残念ながら、駅から南に出たらしく、線路を越えていかなければならない。およその方角を聞いたからそこからは昔取った杵柄でぐいぐい歩みを進めたが、目印のユメタウンが現れてこない。開始時間10分前なのに必ず目に付きますと教えてくれたスーーパーが目に入らない。そこで方向感覚に優れていると言うかつてのプライドを脱ぎ捨てて、あるおじいさんに尋ねた。ただ、何となく不安だった。どう見ても、しっかりしているようには見えなかったのだ。ビニールの袋に弁当らしきものを入れていたが、ひょっとしたらアリセプトでも飲んでいるのではないかと思える風貌だった。ただ時間は迫っているし、炎天下で通行人は少なかったしで藁をもつかんだ。ところがその藁は予想通り何の役にも立たないというか、余計深みに引きずりこまれた。と言うのはそのおじいさんが教えてくれたのは、ユメタウンではなく、他の名前のスーパーだった。
 そこでの失敗を取り返すことは出来ずに結局5分くらい遅刻して、そっと講義が行われている部屋に忍び込み末席を汚した。お医者さんばっかりの集まりに作業ズボンにTシャツ姿の僕は似合わないが、折角広島まで来て、何の収穫もなく帰るのは嫌だったので、溢れんばかりの汗をクーラーで自然乾燥させながら、多くの地域の名士達の頭越しに知識を集めた・・・が、集まらなかった。

対照的

 3ヶ月ご苦労様でした。よく働きましたか。日本での生活は楽しかったですか。〇〇〇〇は、これからもっともっと発展します。何十年後の〇〇〇〇を見たことになりますね。今のスピードなら10年後かもしれませんよ。ただ貴女方が見た日本が、そのまま〇〇〇〇の将来では意味がありません。若い時に外国を見れば、よいところと悪いところがあることに気がつきます。ぜひこれからの貴女方の将来に役立ててください。貴女方は、日本人が失くした大切なものを失わないようにしてください。
 2人がやってきたときに、目をしっかりあけて物事を見るAさんと、優しいまなざしのBさんの、対照的な表情が面白かったです。丸亀のお城祭りに行って、獅子舞を見た時にすぐにAさんはそれらを撮り始めました。初めての日本を記録しておこうと思ったのでしょうね。Bさんはいつも微笑みを浮かべて日本の文化を楽しんでくれました。姫路でドラムtoタオを聴きに行ったとき遠くからしか見えなくて、香川県舞太鼓あすか組を最前列で見えることになったときにあなたが〇〇〇〇 語で感動をお父さんに伝えてくれました。楽しんでくれているあなたを見ることが出来て嬉しかったです。
 貴女方が日本を楽しむために、優先的にお父さんと過ごすことが出来るように先輩達が取り計らってくれましたね。そのこともお父さんは嬉しいのです。心地よい3ヶ月をありがとう。二人はお父さんにとって3ヶ月の大切な人。貴女方は明日、本当に大切な人の元に返って行きますが、お父さんの心の中にはいつでも取り出せるアルバムがあります。そこに大切にしまっておきますね。いつまでもお元気で!
最後の「タンビー」
                 日本のボーより

騒音

 宮沢賢治なら、あの音をどう表現するのだろう。少なくとも僕にはバク、バク、バクと聞こえた。それもとてつもなく大きな音で、空気が振動して家の窓ガラスを揺らした。妻は地震と言い、僕はダンプカーが隊列をなして家の前を通過しているのかと思った。ただ何となく空のほうから聞こえてくるように思えたから慌てて外に出てみると、ほとんど真上を北上する2機のヘリコプターが見えた。ただそれは普通目にする機会が多い新聞社の取材などで使われるものではなく、もっと大きくて長かった。そしてねずみ色をしていたから自衛隊のものではなかったか。
 こんな音がもし一日何回もしたら耐えられない。2機であのくらいだからもっと隊列を組んで飛ばれたり、オスプレイのようにもっと巨大になったりしたらもう住んでおれないだろう。日本中にどれくらい飛行機の騒音で悩んでいる基地の町があるのかしらないが、これはかなり気の毒だ。国から金は下りるし、経済効果もあるのだろうが、僕ならどちらも期待せずに静かな町で精一杯仕事を頑張る。家を飛び出し、騒音の元が何か確かめなければならないようなストレスを、他の何にも換えたくはない。体と心に進入してくる怪しげなものに命を縮めさせる寛容さは持っていない。
 アホノミクスやその手下どもに、あの騒音の下で暮らさせてみればいい。1日であの持病が再発するだろう。自分に降りかかるストレスにはめっぽう弱いのだから。

幻想的

 今日僕はとても幻想的な体験をした。
 来日したばかりのかの国の女性がフェリーに乗りたいと言うので、お得意の高松に連れて行った。昨日広島に行ったばかりで、さすがに疲れていたので、今日は車で渡らずに、琴電を利用して栗林公園に連れて行った。炎天下、園内を歩き回るのにしんどくなって一人木陰のベンチに腰掛けて皆を待っていた。すると一羽の鳩が歩きながら近づいてきた。1メートルくらいの所で止まってそこから動かない。人間に慣れているんだなと感心してみていたら、僕の足元に歩み寄ってきた。靴から10cmくらいしか離れていない。そこで脅かさないようにあまり身動きしないようにしていたら、ひょいとベンチに飛び上がって、僕のすぐ横に並んだ。目がキョロキョロしているが僕を恐れる仕草はない。毛づくろいをしばしばする。いいのかなと見ていると何と僕の膝の上に飛び乗ってきた。もうそれはそれは感動ものだった。鳩が自分から膝の上に乗ってくるなんてことがあるのだろうか。至福の時間がどのくらいで終わったのか分からないが、次は手すりに飛び移りなにやら僕が持っていた水の入ったペットボトルを気にするそぶりを見せた。何となく鳩が水を欲しがっているように思えたから、試みにキャップに水を汲んで、鳩の顔の前に持っていった。すると鳩はくちばしをキャップの中にいれ、何度か水を飲んだ。
 僕はその間、10分か20分か分からないが、確かにあの鳩と意思の疎通が出来ていた。目の動きをじっと、見ていたから、何となく会話が成立していた。瞬きさえ色々なパターンがあって、僕に何か伝えているようだった。これから僕に幸せが来るのか、世界に平和が訪れるのか分からないが、僕には鳩の声が聞こえていた。

増殖中

 アホノミクスを筆頭に政治屋の下劣さは枚挙にいとまないが、庶民のこの低落振りは想像を絶した。見たくないものの筆頭を今日見た。馬鹿政治屋でも、裏街道を歩く人間でも、ここまではしないだろう。
 3ヶ月の応援部隊の思い出作りに広島を案内してきた。もっとも、僕の漢方研究会の実益も兼ねてだったから、そんなに褒められたものでもないのだが。ついでといえばついでで。
 全て順調に計画通り進んだが、昼食に立ち寄ったお好み焼き屋であまりにも下劣な行為を見てしまった。店は駅ビルにあるから混雑していた。隣の席は姉と弟か、母親と息子かあまり見なかったからどちらか分からないが、食べなれた感じで一番高いお好み焼きを注文して食べていた。彼らが去った後、片付けに来た店員が白いビニール袋に入った化粧箱みたいなのを見つけて、僕のものかどうか尋ねた。僕のものでないと答えると店員は僕が「今の人が忘れたんだ」と言うよりも早く駆け出して後を追った。混雑している駅ビルで見つけられたら大したものだが、案の定ビニール袋を持って帰ってきた。僕が「やっぱり見つけられないでしょうね」と言うと、店員は「これはゴミだそうです」と言った。いつからか日本人は家庭のゴミをコンビニやスーパーのゴミ入れに捨てに行く人種になったみたいだが、ついに食べ物屋にもゴミを置いていく人種になったみたいだ。恐らく家の中は綺麗なのだろう。しかし他人の優しい心を踏みにじっても平気でおれるくらい、心の中はゴミだらけなのだろう。自分の家にゴミを捨てられたらどう思うのだろう。まるでゴミのごとく成り下がったあの2人は、恐らく近い将来を予言している。つまらなくて下劣な日本人がどんどん増殖中だ。