烙印

 漠然としか聞いていなかったから詳細は分からないが、いやまだ詳しくはわかっていないのだろう、母親が逮捕されたことだけがニュースで伝えられていた。なんでも生後間もない赤ちゃんにミルクを与えないで衰弱死させたと言うのだ。理由はミルクを買うお金がなかったからだと言う。上に3人のお子さんがいたみたいだが夫はいないみたいで、実の父親と同居していたみたいだ。
 もし家庭が豊か、いや並みの経済力さえあればこうした悲劇は当然防ぐことが出来て、母親が犯罪者の烙印を押される羽目にはなっていなかっただろう。こうした貧困こそが原因の悲劇は結構起こっていて、単に「悪者」が逮捕させるだけで真相は伝えられない。子供をおいて働くことも出来ないから、貧困に陥るのはなかなか避けられない。助けを求めた人に経済力がなければ、脱出は難しい。公共の力を借りればいいのだろうが、知識がなければ接触することも思いつかないのではないか。
 結婚も出産もほぼ博打だ。いい目が出るか悪い目が出るか、分からない。どちらも将来の保証にはならない。むしろいつそれが牙をむくか分からない。現代はそうしたリスクとして考えなければならない時代だ。今日手にしているものが明日は崩壊して瓦礫だけが残る。そんな危険と毎日が隣り合わせなのだ。
 子沢山の若い母親の逮捕のニュースを聞いて、堕ち行く国の行く末を見る。一握りの成金が世を謳歌し、大多数の「並み以下」が自爆で滅んでいる国の姿。石のひとつも投げないで朽ちていく哀れな姿。

故障

 年末に超機械音痴の僕が2つの機器の故障に度肝を抜かれた。同時ではなかったのが救いだったが、そのことで考えたことがある。
 どちらの機械の故障も僕の仕事にとっては結構致命的なのだが、片一方は根性で直し、片一方は代替品を格安で買うことができた。どちらもよい経験ではないが考えさせられることもあった。年末の超忙しい時を選んだかのような、とんでもないハプニングだった。
 最初に壊れたのは分包機だ。漢方薬は現代薬と違ってとても湿気やすいので、精密な機械だとすぐに湿気が災いして壊れてしまう。だからなるべく古い機械を見つけて使っていて、シンプルで壊れにくいが、さすがに年季が入っているから時に故障はする。ただ、構造がシンプルだから自分でも治す事ができるような故障も間々ある。今回も以前経験したのと同じ故障だったから自分で挑戦してみた。ところが28日の午後4時頃だから、ひょっと自分で直せなければ年を越してしまうと気がついて慌ててユヤマへ電話を入れた。具体的な故障具合を電話で報告すると、いろいろ修理の手順を教えてくれた。ところがデシタル故障番号を向こうが確認すると、もうそれは自分たちが修理に赴いても交換する部品がすでに製造中止だから、直すことはできないと言った。僕はかつて同じようなことになって、自力で直した経験があるあるから、プロに来てもらえれば直ると思っていた。ところが相手は「古くて部品がないからもう修理は不可能」の一点張りだった。古いから諦めて代替品を買う気があるのなら、僕も強くは言えるのだが、どうせ漢方用だから新しい機械を買ことはできない。メーカーの思惑とは真反対だ。片や買えない、片や売りたいだから折り合えるところはない。ただ、僕の薬局の病院用の分包機は1台数百万円もして、そろそろ買い替えの時期を迎えている。それは向こうも分かっているだろうが、故障のタイミングが彼らにとっては最悪のタイミングだったのだろう。あと1時間でお正月休みの長い休暇が始まると言うところでの僕の電話だから、彼らのモチベーションからしたら最悪のタイミングだったに違いない。ただし、この時間帯の電話なら過去にも何度かしたことがあって、そのつど修理に飛んで来てくれた。そもそも分包機の修理は、医薬分業を支えるのには必須の条件だ。それを分包機メーカーが軽視することはありえない。彼らがかたくなに修理不能を繰り返した唯一の理由は「たいぎ めんどう」だと思っている。電話だから顔は見えないが、話しぶりで分かりすぎるくらい分かった。
 結局来てくれない事が分かって娘婿がそこから修理に挑戦してくれた。そして30分後には見事に直してくれた。素人が、スマフォ片手に取り扱い説明書を見ながら直してくれた。この事実をユヤマには言っていないが、分かればどういった反応を示すのだろう。電話で対応したのは僕で、どのように相手の意思を感じたかは娘夫婦には詳しくは言っていないから、次の機器選定でユヤマを選ぶかもしれないが、僕の頭にはもうない。僕はスポーツでも何でもトップよりそれらを追いかけるほうが好きだから、前回も前々回も前園を選ばなかったが、次回は前園にしようと思っている。
 2つ目の故障は秤。秤と言っても薬局の秤だから、0.01g単位の精密なものだ。20万円近くすると思う。これが壊れても、薬局にはいくつかあるから代用はきくが、なにぶん不自由だ。量るたびに秤を移動させることになる。これも出来るだけ早く手に入れたかったが、29日だから会社は休みに入っている。いろいろ早く手に入る方法を探っているときに、妻が台所で使っている電子秤を持って降りてくれた。今までまじまじと見たことはなかったが、ふと「これで十分」と気がついた。煎じ薬用だから1g単位で十分なのだ。漢方薬でも0.1g単位で計るものはあるが、それは粉薬に限られているし、それ用の秤は健在だ。そこで早速その夕方、ダイキに行ってみると、大皿でしかも0.1g単位まで量れるうってつけのものが売ってあった。それも3000円もしない。早速買って帰り、我が家の分銅で検査してみると正確だった。料理用だと思うが、こんなに精密なものがこんなに安いのかと感心した。
 日常業務の中で一番心配なのは、パソコンが壊れること。そして調剤機器が故障すること。もっとも僕が苦手とするものばかりで、致命傷になりえる。運よくそれぞれに得意な方と知り合っているから今までなんとかなってきたが、今回の経験で、片一方については不安を増した。

年賀状

 僕には100%心を割って話せる人が二人いる。どちらも大学時代の先輩で卒業以来数回しか会っていない。10年に一度くらいしか会っていないのに、この二人を超える人には未だ巡り合ってはいない。
 僕が年賀状を書かないことを知っているのに、二人とも年賀状をくれる。その中の一人からいただいた年賀状がよかった。僕一人で見るにはもったいないので披露する。猪が駆ける姿をデッサンして周りに多くの言葉が散りばめられている。その言葉をひとつ残らず列挙する。僕の思いと完全に一致するのだ。卒業以来40年経ち、数回しか会っていないと言うのに。

 ビッグタイトル 「猪突盲進でいいのか?日本」
 
 東京五輪 国威発揚 対米従属 日米安保 憲法改悪 軍靴の響き 辺野古埋め立て 海死滅 消費増税 軍事費増大 軍備増強 福祉切捨て 総理大臣 政権私物化 官僚忖度 官房ウソつき ネット天国 監視社会 原発爆発 再稼動 帰還促進 被爆強要 再エネ賦課金 電力買取 パネル敷き詰め 山 荒廃 汚染土拡散 農地 造成 コンビニ天国 世は地獄

 

神戸牛

 スマートフォンを持っていないからその実力を知ることはできないが、日本語がほとんどできないベトナム人でも、それがあれば1000円で神戸牛が食べ放題の店があることを探すことができるらしい。神戸に行く2日前に突然その店に行くことを希望されたから、僕はインターネットで調べた。もちろん見つけることはできたが、どうも胡散臭い。僕はブランド牛などというものにまったくこだわらないからその価値を知らないが、その店の近隣のレストランで肉料理の相場を調べたら、安い店で3000円、上は1万円まであった。それが食べ放題で1000円となると、僕はとても口に入れることはできない。食料品の買い物もほとんどしたことがないからわからないが、普通の肉でも1000円くらいなら量は知れているのではないか。僕でも食べられそうだ。それこそ若者だったら底なしだから、採算が取れるはずがないだろう。僕はその店に行くのにすこぶる抵抗があった。何の肉なんだってところだ。
 案の定というか、僕ももう何回も神戸行きを付き合っているから想定したとおり、元町の買い物で時間をかなりとった。僕は通りをはさんだところでひたすら待った。その忍耐のおかげで、その焼肉の店に到着できるのが午後の3時過ぎになった。となるとその後の麻耶山からの神戸の夜景を眺めるという最大の目的に支障が出る。そこで、一応三宮で降りるには降りたが、そのまま新神戸まで行くことにした。彼女たちも納得してくれて新神戸で、あるレストランに入り2800円のステーキを食べた。僕は見ただけで胃がもたれそうだったので、海鮮ものにしたが、彼女たちはそのおいしさを堪能したみたいで、何度も僕のほうを見て「神戸おいしい」「神戸おいしい」と繰り返していた。時間ぎりぎりでやっとステーキハウスを見つけた僕の努力を買ってほしいが、分かってはいないだろう。日本中地元みたいな感じで僕を見ているから。何はともあれ、その親切だったお店の方に感謝だ。神戸牛より、おいしく安くオーストラリア産の肉を焼いてくれたのだから。

異質

 岡山駅で待ち合わせするまで、自分で言い聞かせていた今日のテーマは絶対に疲れないことだった。なぜなら明日も、6人神戸に連れて行かなければならないから、連日で疲労を積み重ねれば3日に1日中休んだとしても取り返す自信はないから。そこまでもう体力は落ちている。この半年くらいの経験で身にしみて感じている。それに抵抗するかのごとく逆らって行動しても、傷を深くするばかりだった。
 ところが車で玉野教会に行く途中ですでに、何とか彼女たちにとって可能な限り有意義で楽しい1日であってもらおうと決めた。それだけ僕の心を打つ会話が車中で行われたのだ。来日して1年の女性が二人、半年の女性が二人なのに、牛窓工場のベトナム人に比べて圧倒的に日本語の習得が早い。御津工場のある町には、町が主宰の日本語教室が充実していて、そこに通う外国人が多いことが理由らしい。なるほど通訳なしで1日いろいろな話ができた。
 ミサの後、信者の方々と神父様とでお茶を飲んだのだが、彼女たちのところに信者の方々が親しく寄ってきてくださり、会話を楽しんでいた。その光景があまりにもよかったので、一番取って置きのコース(フェリーで四国に渡り、瀬戸大橋で帰ってくる)を封印して、2番目のコースに頭の中で変更していた。ところがふとしたきっかけで四国に渡ることが信者の方に聞こえると、土地勘のある方だから今でも間に合うと教えてくれた。そこで中座するように教会から出たのだが、教会の扉を閉めるや否や、4人が「ああ、楽しかった!」と日本語で口々に言った。おそらく、会社を離れてこんなに日本人に親しくしてもらったことはないのではないか。会社での職業的なつながり以外にはなかなか日本人と接点がないみたいだから、その新鮮さに感激してもらえたのかもしれない。
 結局、高松にフェリーで渡り、僕のお気に入りのホテルのバイキングを楽しみ、丸亀まで香川県を横断し、城を楽しみ、瀬戸大橋を渡って帰ってきた。帰路、毎週お父さんに会いたいと言ってくれたが、それは不可能だ。おそらく4日?ひょっとしたら3日からまた多くの方のお手伝いをしなければならない。今年の目標は、体力温存、心の平安だ。ベトナム人にかつて日本にあっただろう家族関係を疑似体験させてもらえれば、心の平安には多大な貢献をしてもらえるが、体力は温存どころか崩壊してしまう。来日して初めて、自由な小さな旅をして喜んでもらえたみたいだが、明日の6人は違う。3人の約束だったのが、昨夜訪ねたら僕に相談なしで6人に増えていた。タクシーで回れるところがこれでバスを使わなければならない。大都会でバスで回るのは結構難しく、インターネットで昨夜から予習を重ねている。3年間の付き合いで、遠慮がなくなったのだろうが、鼻につかないわけではない。選抜されてきたよい人ばかりだが、国民性では解決しない不条理も最近は鼻に突き出した。今日の感激と感謝いっぱいの4人とは異質なものになりつつあった。

模索

 正直、この年齢でこんなに忙しくなるとは思ってもいなかった。人口がどんどん減っていく岡山県南唯一の過疎地で何とか生き抜いていこうとがんばってきたが、結構それを叶え、持続させるのはしんどい。想像以上と言っていい。いつか親しい県会議員が、僕の薬局が潰れないのは岡山県の七不思議と言っていたが、医院の門前ではない薬局が残っているのは本当に珍しいと思う。時に漢方を標榜している薬局もあるが、そうしたところは処方箋調剤をあまりしていない。ところが僕の薬局は処方箋の薬も結構作っていて、娘夫婦が休日も出てきて仕事をするくらいだ。そのせいで漢方薬はほとんど手伝ってもらえない。よほど患者さんが重なって薬局内が混乱してくると手伝ってくれるが、こちらも気が引けるからなかなか手伝ってとは言えない。隣にドラッグストアができても、隣に調剤薬局ができても、隣に漢方薬局ができても潰れない薬局を目指してやってきたが、それはもうできたと思う。むしろすでにキャパシティーを越え始めていて、今回の年末の休みも従来より2日余分に取った。本来なら31日まで働いているのだが「もうもたない」状態になって娘夫婦が決断してくれた。それより1ヶ月前から、夜の7時から電話も鳴らないようにしてくれた。それまで僕はどんな時間帯でも相談に乗っていたが、仕事中に気を失いそうになって2階に避難するようなことが続いて娘が留守番電話をセットしてくれた。相談してくださる人には申し訳ないなと思いながらも、ぞれによる健康への影響は結構大きくて、夜電話の音がしないことによる緊張感から解放されて、体力が少し戻ってきた。せめてもう10年前にこのような状態になっていればアドネナリン全開で頑張れたのだが、すでに時遅しで、命が削られる危険さえ感じるようになった。これ以上患者さんが増えたら、新規お断りをするしかないと娘が方法を模索してくれているが、そんな不遜なことはしたくない。僕の恩人である漢方の先輩だった方の奥さんが、このような状況を知って「駆け抜けてください」と葉書に書いてくださったが、その方のご主人のように駆け抜けることはできそうにない。その言葉に励まされて努力してみたが、気力が足りないのか自爆寸前になった。
 半年以上、手をつけれなかった事務的な仕事を今日一日マイペースでやった。ゆっくりとした時間が流れ、でも結構能率的にこなせて、とてもよい休日になった。今日より明日がよくなることなどありえないこの年齢で、いまさらほしいものなどない。そんな中で久しぶりに包まれた時を忘れた時間に身も心も慰められた。

悠々自適

 僕の友人が110番で警察を呼んだというから驚いた。とっさに僕は質問した「警察を読んだらまた自分が捕まるのではないの?」と。
 過去2度も法務省に長期出張に行った人でも自分が襲われると110番するんだ。これは想像していなかった。結構都合がいいが、都合優先で生きているから他人に迷惑をかけれるのだろう。
 深夜、目が覚めると自分の布団のそばに女性が立っていて、突然彼をなじりだしたらしい。(彼はとられる物などないから戸締りなどしない。)その挙句つかみかかってきたらしい。ところが彼はまったくその女性と面識がない。そのことを言っても攻撃?の手を緩めなかったので彼が反撃したら、打撃を食らってしゃがみこんだらしい。体育会系の彼だからいまだ動きは俊敏だし力もある。女性ではひとたまりもないだろう。「殴り倒したら罪になるかなあ」と3回目の長期出張を心配していたが、こうして薬局に来ているのだからその点は無罪放免になったのだろう。正当防衛が成立するのかどうか知らないが、「こっちが被害者なんじゃから」と僕に言っても仕方ないのにその言葉を繰り返していた。おそらく警察で何度も繰り返した言葉ではないか。加害者としての経歴ばかりが残っている人だから。
 3たび、田舎の時の人になるところだったが、事件としては小さすぎたのかもしれない。うわさではなく本人の口から聞くくらいだから。幼馴染で幼稚園のころから知っているが、まじめに生きても、そうでなくても人生そんなに変わらないと証明しているような人だ。酒と博打で身を滅ぼしても、実は滅んでなんかない。有り余る時間の中で溺れもせず悠々自適に浮かんでいる。