共通項

 「今出て行ったのは〇〇さんじゃろう、えらい年をとったなあ!」と感慨深げに言ったのは僕の同級生だ。そして言われたのは僕より1歳年上の男性だ。これだけならよくある話で、何も面白くない。ところが言った方も言われた方もかなりの個性の持ち主だから、その場にいた僕は結構笑えた。勿論本人を前にしては笑わないが、出て行ってからひとしきり笑わせてもらった。
 ほんの数年前には2人ともほとんど歯がなかったのに今はある。2人とも総入れ歯をしているのではないか。数年前までは2人ともふさふさとは言えないがかなり髪は残っていたのに。言ったほうは今はほとんどなくなった。言われたほうは辛うじて残っている部分がある。言ったほうはもう10年近く前にギャンブルの借金の為に公務員を辞め、言われたほうは若い女性と結婚して、退職金を使い果たしアルバイトでしのいでいる。
 2人に共通していることは多いが、僕は恐らく最大の共通項は喫煙だと思う。タバコはやはりかなり老けさせる。有名な双子の写真があるが、喫煙しているほうは10歳以上年上に見える。それだけ細胞を傷つけてしまうのだろう。何十年欠かすことなく吸ってきた二人だから、かなり細胞は攻撃されていると思う。その挙句が「えらい年をとった」状態を作るのだ。僕に言わせればどっちもどっちだが、人の老いはよく分かるのだろう。どっちもどっち、ことわざで言うと五十本百本。

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 中学校のテニスコートは3面あるが、今は生徒の数が少ないから3面は必要なく2面だけが使われている。見ているわけではないが、一番西のテニスコートには草が生えていて、生徒達が走り回っている面影はない。他の2面はボールがイレギュラーしないように常に整地されているがその面影もない。落ちるところによっては何処に飛んで行くか分からないくらい、穴だらけだ。
 ただ、いくら荒れていてもさすがにテニスコートだけあって、足跡を残すようなことはできない。そこで必ずコートの外を歩くようにしている。テニスコートの中より背丈が長い草が生えている。僕は少しでも草が生えないように、草の上を歩くようにしている。草のしたたかな生命力を持ってすればほとんど意味がないことだろうが気休めだ。
 今朝いつものように草を踏みながら歩いていると、ある所で振り上げた足を下ろすとことが一瞬出来なくなった。草と思っていたのだが、先端に小さな花を咲かせていた。そしてその時に思った。草と花の差は・・・・・・・・・・・・・
草は抜かれるが、花は摘まれる。同じ動作なのに、育まれるものと、抹消させられるものの差だ。
現代を生きるあなた、あなたはアホノミクスに抜かれるのか摘まれるか?                                 

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恩返し

 ペットを飼う家が多いせいか、制作費が安上がりにつくせいか知らないが、犬猫を登場させる番組が増えたような気がする。犬のかわいさを知ってしまったから、以前にも増して目が行く。クリとモコの2代に渡って一緒に生活したから30年近く犬と暮らしたことになる。およそ想像がつかない僕の変りようだが、あの2匹に巡り会えて本当に幸せだったと思う。テレビの中の犬達の仕草を見ては2匹を思い出す。とりわけ最近亡くなったモコは、ミニチュアダックスと言う犬種の特徴で、老いても赤ちゃんみたいだったから、喪失感は大きい。テレビであの犬種を見ると、顔がどれも同じだからモコと見間違えることしばしばだ。そのたびに強烈な喪失感と寂しさに襲われる。
 家族の誰もが言えない言葉がある。誰もが口に出さないことを暗黙の内に決めている。それは次の犬を飼うことだ。僕ら夫婦は勿論、とてもモコをかわいがっていた娘夫婦も、次の犬は飼えないのではないかと思う。モコはモコで代用がきく様な存在ではなかった。モコとそっくりでもモコではないのだ。もし飼う事を許されるとしたらモコの子供くらいだろう。ただモコは子供を産んでいないからそれは不可能だ。だからもう僕らには犬と暮らす日は来ないだろう。
 僕らはモコに誠実であろうとしている。溢れんばかりの愛情表現で応えてくれたモコへの最低限の恩返しだと思っている。

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定番

 名前は知らないが、なかなかユニークな花だ。薬局の前に作っている庭に去年から咲いている。恐らく、庭造りを依頼した若い女性が植えたのだろうが、何とそれと同じ花を中学校の駐車場で見つけた。まるでイチゴの実が花になったようなものだから、目を引くし今まで我が家以外のものを見た事がない。中学校の駐車場は一面コンクリートだ。ただその中にエリアを分けるために幅の狭い土で出来た何も植えられない花壇がある。いまだ何十年そこに花が咲いたのを見たこともないし、草枯らしで強烈に枯らされた草の残骸がいつもあるだけだ。何とそこに一本の例の花が咲いていたのだ。
 2週間くらい前に見つけたのだが、我が家の庭より早く咲いていたから、まるでそちらのほうが本家本物のように見えた。やがて我が家の庭に沢山のその花が咲き始めて、我が家の花の種が飛んで行って根付いたのだと気がついた。よりによってコンクリートの上の小さな島のようなところに落ちて根付くとは、よほどの生命力なのだろう。来年はもっと多くのその花を近隣で見ることが出来るかもしれない。
 増殖を歓迎されるものは幸せだ。来年を待ち焦がれられるものは幸せだ。ただ巷には醜くて毒を持った生き物たちも多くいる。アホノミクスを筆頭に内痔核と凶弾連、痔見ん党に金平糖。醜い上に犯罪まで犯す集団だ。こんなのがあちこちに増殖してきたから今のこの国の醜さがある。さっさと強烈な草がらしで枯らしてしまうか草刈機で刈り取らなければならない。そうしないと庶民は頑張る気力も湧かないだろう。その隙間を縫って東南アジアから来た異常な働き者たちが増殖する。気の弱いこの国の若者達がいずれそれらの人間にこき使われる日が来る。その時までアホノミクスも凶弾連の年寄り達もあの世に行っている。生きているうちに責任を取らせるべきだ。市中引きずりまわしの後、打ち首獄門、これが国賊には定番だ。

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経験

〇〇チャンへ
名前を聞いていなかったような気がしますね。
漢方薬も薬ですから飲んだら50分後くらいから体の中で仕事をします。
それを1日3回繰り返すことでどんな病気も治していくのです。
僕のホームページには完治した人と、頑張り中の人の途中経過の両方を載せています。

インターネットの世界など商売で悪意に満ちたものが多いので、患者さんの経過や結果をそのままをコピーして本当の情報を流そうと思っているからです。
今まで完治した人は最短2週間、最長5年です。
でも5年の人でも随分よくなっても「治ったというと又復活するから言わない」と言うおばちゃんで調子が良くなったのはもっともっと前からです。
でも、そんなことはどうでもいいのです。貴女には貴女だけの個性や環境があります。

大切なことは情報を集めることではなく、人生の夢に向かって進むことです。
病気が治ったら何々をするという人は治りにくいです。治しながら何々をするのほうが圧倒的に早いです。
僕の漢方薬を飲んでいれば「何か違う」と思ってもらえます。貴女が力を抜いて自由に行動できるためにつくりました。
貴女が苦しんでいる症状は、頑張る人が経験するものです。そんな自分を認めてあげてくださいね。
貴女の逆を貴女はきっと愛せませんから。
ヤマト薬局

50年前の丁度同じ年くらいの僕に宛てて書いたものだといっても通用しそうだ。勿論50年前の僕と同じくらいの年齢の青年に書いたものだ。過敏性腸症候群で苦しむ青年があまりにも多いので、まだまだ僕が生かされるのだろうが、今、背負っている苦しみこそが人を成長させてくれることを信じて欲しい。今こうして相談に乗っていて思うことは「僕自身もっと苦しさを経験しておけばよかった」ってことだ。苦しんだり不幸だったりしたことしか人様のお役に立っていないのだから、いっそのこともっと経験しておきたかった。もっとも、あの頃の蒼き悩みでも後に人様のお役に立てる。成功体験など何の役にも立たないくらい置き去りにされた人たちがいる。僕はそうした人の役に立ちたいし、もっと言えばそうした人たちが近い将来、そうした人達を助けることが出来る職業についてくれることを望む。

 

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人格破壊

 英国・イースト・アングリア大学のKathryn Richardson氏らによる症例対照研究の結果、うつ病、泌尿器系およびパーキンソン病の治療に用いられる抗コリン薬の使用が、将来的な認知症発症と強く関連していることが明らかとなった。この関連は、認知症と診断される15~20年前の曝露でさえ観察されたという。ただし、消化器および心血管系の抗コリン薬では認知症との明らかな関連は認められなかった。

 もうほとんど決着したかな。僕が若い頃から僕らの間ではこれに似たようなことを言っていた。所詮薬剤師が吠えても仕方ないが、本能的に感じていたことが、今医学の世界で科学的に、統計的に証明されるようになった。当時正論を吐いていた人たちは今はどう言うのだろう。政治の世界でも、疫人の世界でも、まして企業の世界など金金金だから、もっともらしい理屈や権威で押し通す。金で買った権威より、ど素人のほうが正しいことはよくある。心が汚れていないから物事の本質を見ることが出来るのだろう。本質を見ないことで金や名誉を買う奴らとは違う。
 人工呼吸器で機械的に息をさされながら、いつ死んだのか分からないような亡くなり方を父で経験し、虚空に目をやり意味不明の言葉を吐く母を数年間見続けた挙句失くし、どのような最期がいいのか、今は分からない。かつては認知症は全ての思考を停止するから、これほど楽な亡くなり方はないと肯定する意見もあったが、人格まで破壊された最後はやはり嫌だ。恐らくそれが強烈な印象となって、その人の人生の全てを代表するだろう。かつての美貌や知性や礼節は、全て忘却の彼方で評価の対象とはならない。
 安易に飲まされる薬で、人格破壊では何のための治療だろう。企業の利益のために薬剤の廃棄物処理場に自分の体を提供しないことだ。

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 母のあの顔は、80歳くらいの頃だと思う。まだふっくらとして優しい顔をしていた。微笑んで僕のほうを見ていた。
 直接母の声を聞いたわけではない。誰だったかよく分からなかったが「お母さんが体のことを心配しているよ」と伝えてくれたのだ。ただ誰かが伝えたのは母が直接声をかけれなかったから、実在しない誰かを介在したのかもしれない。でも直接母が僕に言ったのだと思う。
 10年以上前に、相次いで薬剤師2人が辞めて3人分の仕事を2ヶ月近くしたことがある。それこそ4時間睡眠くらいだったと思う。その行き着いた先が原因不明の倦怠感と微熱とパニック症状で、1週間近く仕事を休み、すべてが解決するのにその後長い時間を要した。今、その頃の状況と似ている。4時間とは言わないが、6時前に起き、ウォーキングをし、朝食を済ませて9時の開店まで漢方薬を作る。その後通常の仕事をし、昼食に10分だけあて、夜の7時まで仕事をする。夜はさすがに薬は作らないが、溜めたメールの返事を書く。睡魔と闘いながらだから内容に自信はない。出来るだけ丁寧にお返ししたいが、言葉をつむぐ能力はその時間かなり落ちていると思う。
 その日にやらなければならないことを翌日に持ち越すのは性が合わない。そのあたりは結構潔癖で自分の首をしめがちだ。案の定、軽い焦燥感や苛立ちに襲われるが、かつて克服した経験で今のところ何とか制御できている。寝る前に風呂に入る習慣があるが、毎夜僕は風呂で居眠りをしている。ガクッと顔が落ちることで目が覚めるが、居眠りと言うより失神状態だ。
 ただ、10年以上前と今の決定的な違いはある。そしてそれが救いなのだが、当時は施設の入居者の薬を作る仕事だった。処方箋に従って器械のように作ることだった。ところが今は全く違う。過敏性腸症候群の人たちのための薬だ。その病名があらわすように、人間として感受性に優れている人たちが陥るトラブルだ。正に僕自身も人間であることを要求される。器械である必要があった前回とは全く逆だ。
 モチベーションはあるがに肉体的な保証はない。その不安を僕は母の声を利用して解消しようとしたのか。それとも本当に母が心配してくれ現れたかだ。僕はなんだか後者のような気がする。

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