居場所

 思えば僕の居場所は、ず-っと薬局の中の相談机の前だけだった。仕事を始める前から、仕事を終え、いったん夕食を食べたのち、寝る前までその場所にいる。と言うことは、ほとんどの僕の日常はおそらく仕事つながりなのだ。
 この何年かは、休日は家にいないことの方が圧倒的だった。休日に家でゆっくりとするというようなことはなかった。休日用の居場所は必要はなかったのだ。
 ところがこの一月以上、牛窓から出る理由がことごとく断たれたから、仕方なく居場所を作らなければならなくなった。休日までも仕事がらみの場所にいなくてもよいだろうと思ったのだ。そこで、3階に目を付けた。息子たちが出ていき、ベトナム人達も出て行ったあと、何にも利用していない部屋がある。物が嫌いな僕にはうってつけの、がらんとした部屋だ。休日はそこで過ごそうと計画したがいいが、階下に持って降りていた数少ない調度を再び持って上がらなければならない。僕と妻で運ぶのは腰を傷めそうだからもう無理だ。そこで寮のベトナム人たちに手伝ってもらった。連休で暇を持て余していて、「オトウサン ヒマデスカ?」とやたらモーションをかけてきていたから、渡りに船だ。案の定、荷物運びを楽しんでくれた。そして、ベトナム人の特性かどうかわからないが、床や調度の汚れを見つけては、掃除機を使ったり、拭き掃除をしたりでとてもきれいにしてくれた。
 雨で退屈な連休初日がとても有意義なものになった。以前から考えていたことが形に近づきつつある。彼女たちも僕の部屋が出来上がるのを楽しんでくれているみたいで、パーティーをするとか寮にしてくださいとか、何度も何度も大声で笑った。
 いつか引退したら再び読んでみようと思ってとっていた本も、この連休中に並べようと思っている。薬の本以外にほとんど目を通さなかった数十年の知識の空洞を埋めてから去りたいと思っている。