経験者

 「第二の人生じゃないの、大切にせられえ(しなさい)」と僕が言ったのは、先日もちを詰まらせたという82歳になる男性だ。処方箋の薬をとりに来て、いつものように取り留めの無い話をする。ところが今日のは、とりとめがあって面白かった。勿論無事生還したから面白いなどと言えるのだが。  もちを詰まらせて亡くなるニュースはしばしば目にするから珍しくは無いが、経験者に会い話を聞くのは初めてだ。だからいつもの老人の長話かと覚悟を決めていたのだが、身を乗り出して聞いた。  今までなら普通に食べられていた大きさで、特段大きなものを飲み込んだのではない。ところが喉で突然おもちが動かなくなり、息を吸うことも吐く事も出来なくなった。当然慌てたが、何故かこのまま死ぬかと思ったらしい。人間ってすごい、ああした極限状態の中でも冷静に見ているのだ。時間で言うと数秒だったはずなのだが、本人にとっては随分と長い時間のように思えたらしい。結局大きく息を吐いたときに飛び出てくれたらしいが、普段カラオケで腹式呼吸をやっていたから出来たことだといって、やたらカラオケを褒めていた。腹式呼吸までして本格的に練習しているのかと、その本気度に恐れ入ったが、それが命を救ったのだから何が役に立つかわからない。  今日病院に行ったときにお医者さんにああした時はどうすればよいのと尋ねたら、「うーん」と考えこんだらしい。「掃除機で吸うんですか?」と尋ねても「掃除機では無理なのではないの」と言われ不安になっていた。子供なら逆さつりにして背中を叩くなんてのを聞いたことがあるが、大人が一人いてそうなったときに対処できる方法を知らない。まして一人の時など何も出来ないだろう。となると食べないことに行き着く。そう、僕らはもう、新聞に載る様な死に方をしてしまうかもしれない世代なのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=FyGRtq-Ry8Q