予習復習

 母をしばしば見舞ってくれる従姉にお中元を送った。今日そのお礼の電話があったのだが、以前から気になっていた事を伝えてくれた。僕に常識がないことを知っているから言わなければ、言わなければと思っていたのだろう。  偶然母がお世話になっているところに親類のおばあさんも入ってきた。母ほどはまだ痴呆が進んではいないが、若い家族は皆働きに行っていることと、御主人が動けなくなったことで施設に入れられたらしい。そのおばあさんが数日前に施設で亡くなった。そのお世話をした従姉が、その時の経験からいろいろなことを教えてくれた。もっとも施設のことだから楽しい話題ではない。しかし避けては通れないことでもある。  こういった施設はお礼を受け取ってくれない。病院もそうだ。しかし、母が死んで施設を出るときは受け取ってくれるのだそうだ。なんでも相場は5000円なのだそうだ。「受け取ってくれる」と書いてしまったが、別にこちらが金銭の上で恩を感じる必要はない。当然の経費を払っているのだから何も下手に出ることはない。従姉がそう教えてくれたからと言って、同じ事をするとは決めていない。  おばあさんが亡くなって親類の家に着物を取りに行ったのだが、家族はないと言ったそうだ。ところが従姉はおばの性格を知っているから、必ずあると踏んだらしい。そこで家の中を探したらやはりあった。僕は亡くなってどうして着物が必要なのかわからなかった。白装束のことを言っているのかと思った。ところが、施設に迎えに行くときには着物を持っていくようにと従姉が言った。施設の人が着せてくれるからと言うのだ。まさに本当の着物なのだ。記憶を辿ってみると、なるほど棺おけに眠る着物姿が甦る。ただし白装束も確かに見覚えがある。テレビの見すぎかもしれないが、亡くなったら白装束と決めていた。ほとんど先入観かもしれない。「亡くなった人が着物を着るのは玉野市だけでないの!」と言うと「そんなことあるもんか」と明るい声で笑っていた。  「もうそろそろ用意しとかれ(しておきなさい)そんなに先の話ではないんだから」天性の明るさを持っている従姉が底抜けの明るさを証明する。「用意する、する」そういって僕は色々教えてもらったことをメモにした。「いざとなったら戸惑うから、今の内にしとかれ(しておきなさい」  数年前に施設に入るときに、一応予習を兼ねてシミュレーションを行ったことがある。ところがそれから数年、施設の人の手厚い介護を受けて頭以外はすこぶる元気だ。予行演習した内容はその間に全て忘れた。その上、母の薬局を壊したときに、作業する人がどうやら母の着物を持って帰ったらしくて、妻が探しても見つからなかったと言っていた。従姉に「もし着物がない人はどうするの?」と尋ねると清楚な洋服でもいいらしい。妻に、電話の後内容を伝えると、自分の着物を母に着せてくれるそうだ。  冠婚葬祭がすこぶる苦手な僕および僕の家族だから、切り捨てれるところは全部切り捨てたいが、従姉はまたそのあたりの知識が備わっているから大切にしたいものが一杯ある。「放っておいたら何をしでかすか分からない」僕に今日一杯知識をくれた。予習も復習も事これに関してはしたくない。いやいや学生の頃からそれは苦手だった。