解決

 匠の技を持った色んな分野の職人が湿度を結構気にする。湿度をうまく管理できなければ作れないものも多いのだろう。レベルも次元も違うが僕も一応毎日それは気にしている。僕が主に使っている漢方薬が台湾で作られたもので、限りなく煎じ薬に近い粉薬だからだ。おまけに、日本の漢方薬みたいにでんぷんで増量していないから、混ざり物が少ない。その分よく効いて、その分湿気安くて保管に苦労する。だから皆さんには冬以外は冷凍庫に保管してくださいとお願いしている。冷凍庫は湿度ゼロだから湿気ない。  今日の暑さは特別ですねと、しばしば来る人に言うが、毎日言っているから、毎日が特別なのだろう。開店前からクーラーをつけ、気温と湿度を落としておくのがこのところの日課だ。そんなことを考えていたら、僕が牛窓に帰って来た頃、いやその後10年位も同じだったが、当時の夏の店頭の様子を思い出した。当時は個店にクーラーなどなかった。扇風機をお客さんのほうに向け、自分はカウンターの内側に立った。長話になると当然扇風機の風が恋しくなるが、そこはお客様は神様で、つらくはなかった。正におもてなしの心だった。放射線浴びまくりの国土に呼んで「お、も、て、な、し」と大嘘をつくのではなく、当然のごとくこちらは暑さに耐えた。ただ、こちらも汗をかき放題では、気持ち悪いし臭うしで、苦肉の策でタオルを首から垂らして仕事をした。当然白衣は着ているから、今から思えば異様な姿かもしれないが、ただ当時はなんら抵抗はなかった。  何でそんなことが出来たのか、そんなことですんだのかと思う。やはり、今のような気温までは上がっていなかったのだろうか。それとも、まだまだ僕達日本人は勤勉でよく働いていたのだろうか。現在の冷房環境を知ってしまえば出来ないかもしれないが、当時はそれが精一杯の暑さ対策だったから、やらざるを得なかったのだ。僕に気力体力があったのではなく、皆がすることは苦なく出来た。  老人は「もったいない」からクーラーの使用を控える。その美徳が命を落とす原因になったりする。熱中症などと言う言葉を聞きだしたのはそんなに昔ではない。と言うことは「特別な暑さ」もやはり同時期に使われだした言葉だろうから、最近の話だ。老人ほど忍耐力も倹約思考もないから、クーラーのスイッチに容易に手を伸ばせるが、罪悪感から完全に解放されたわけでもない。クーラーも使えない人や、クーラーの産出する熱で住環境を破壊される人たちのことが解決されているわけではないので。