終活

 「これは飲めるじゃろうかな?」と言いながら差し出されたのは、正露丸の瓶だ。見るからに汚れたラベルで、年季がかなり入っている。「片付けていたらこれが出てきたんじゃけれど、もったいないから見て頂戴」といわれて手に取ると、ほのかに例のにおいがする。「もう私も年だから、色々片付けようと思っとんじゃ」と言うから「終活ですか?」と思わず聞き返した。ここで言わないで、そういったマイナスイメージは外で言ってという気持ちだったが、口には出せない。実際に男性は終活をしていたのだ。そして瓶の底に1段だけになっている正露丸を見つけたってことだ。  念のため、使用期限を見てみると02/2と印字されていた。一瞬、いや二瞬くらい僕はそれがいつのことかイメージできなかった。西暦か平成か分からなかったのだ。西暦なら15年前、平成なら27年前、どちらにしても遜色ないくらい古い。古すぎる。間をおいて冷静に考えると、それが西暦だということが分かったが、さすがにここまでおおらかに振舞われると、こちらの判断力が鈍る。  終活をしている割にはわずか数日分に未練がましい。もっと達成感があるようなものを見つけ選択すればいいのに、悩む対象が小さすぎる。蓋を開けてみると例の臭いが一瞬にして広がった。そのにおいに違和感は感じなかったがさすがに15年前のものを飲ませるわけにはいかない。「御主人、度胸があったら飲めばいいじゃない」と言うと、その言い方で分かってもらえたのか「悪いけれど、これ捨てといてもらえる」と瓶を僕に渡した。  翻って我が終活もそろそろ始めてもいい。ただ僕はあまり物を持っていない人間に属すると思う。純粋に僕のものと言うのは、学生時代読んだ本、少しのレコード、そしてギター。後はほんの少しの衣類。軽四トラックの荷台に十分収まると思う。ああ、忘れていた。僕の思い出も終活で処分しなければならない。ただ僕の思い出は、ママチャリの前の籠で十分収まる。