虫歯

 「虫歯なんか一本も無いよ」と彼に豪語されたら立つ瀬が無い。  確かに彼は甘いものを食べない。と言うか、食べれない。勧めても「いらない」と返してくるし、そっとお茶やコーヒーなどと一緒に出していても手をつけたのを見たことがない。酒飲みの特徴なのだろうか。酒飲みでも、少しくらいは無意識に口に運ぶと思うのだが、彼はそれすらない。大酒のみの特徴だろうか。  タバコもすごい。僕より身長も体重もないが、よくもあれで健康でおれるなと言うくらいタバコを吸う。僕と同じ年齢だが、どう見ても老けている。当然活性酸素の攻撃を受けて、顔にはしみも皺も多く、10歳は年上に見える。僕みたいに髪が薄くなったのではなく、もう彼は髪自体が無い。引越しを手伝ってもらった次女三女は、彼のことを「あのおじいさん」と表現する。その言葉を発しても不思議ではない。僕ら年齢になると前後10年くらいの差ができるらしいから、正にプラス10を行っている人だ。  博打で身上をつぶすくらいだから、毎日がスリリングだったろう。そうした緊張感の中で暮らすと交感神経が優位になり活性酸素が出まくりで、自分自身を自分自身が攻撃していることになる。内部から攻撃されるのだから防ぎようが無い。かくして老化が一段と早まる。その結果、唇などは紫色になるくらい血液が滞っている。歯槽膿、漏歯肉炎、なんでもござれのはずなのに、虫歯が一本もないとは運がよすぎる。  僕は彼に長生きできないと宣告しているが、まだ生きている。若くして亡くなった人を冒涜するかのような生活ぶりで、長生きでもしたら死んだ人が浮かばれない。法務局には2度出張したが、今だ入院はしたことがない。そうしてみれば波乱万丈の人生の割には結構幸運なのかもしれない。「〇〇君に虫歯が無いなんて、運がよすぎるわ。僕なんか一杯あるのに。それに感謝して人様の為に生きられえ(生きなさい)」と諭すと、「何で人様のために生きんとおえんのん(生きないとダメなの)虫歯が一本もないのは総入れ歯じゃからなのに」  またまた1本とられた。でも許す。〇〇君は歯医者に全部取られたらしいから。