本丸

 怖い、怖い、聞いているだけで鳥肌が立つ。高齢者でもないのにマスコミを喜ばせそうなネタを提供するところだった。世の中ではよくあることのようだが、身近な人がそんな体験を語ってくれると怖さが身に迫る。  職業柄県外に出張することが多いみたいだ。それも車での出張だ。ところがある頃から運転が怖くなったらしくて、特にある決まった箇所に来ると急に動悸がし冷や汗が出て、息がしづらくなる。いわゆるパニック障害だ。何が嘗てあったのかしらないがいわゆるトラウマなのだろう。  先日いつものようにそこを通りかかると症状が起こり始めた。そこでこれまたいつものように不安時に飲むように処方されている薬を取り出して飲んだが何故か効かない。そこでもう一錠飲んだが期待した効果がなぜか出ない。こうなると効かないことに対する不安感も重なって結局4錠呑んだらしい。さすがにそれだけ飲むと落ち着いたらしいのだが問題はそこからだ。「良かったじゃないの。でも4錠も飲んだら眠くなるでしょう?」と尋ねると「意識が朦朧としてどうやってそこを通り抜けたのか覚えていない」と笑いながら答えた。照れ隠しなのか、甦った恐怖を隠すためか大声で笑った。  恐らくその答えは誇張したものではない。僕など恐ろしくて1錠も飲めないような薬を4倍も飲んだのだ。まともに判断できるわけがない。多くの事故、多くの凶悪犯罪にこうした事実が隠されている。本人に全く悪意がなくても(過失はあるが)薬で脳の働きを抑えてしまうのだから、全うな判断など出来るわけがない。加害者もまた薬の被害者なのだ。この薬と言う字を「ヤク」と読みたいほどの使われ方をしている。この国では、心を病む人たちをコンクリートの中で薬で治そうなんてことをするから薬漬けになる。広々とした草原に山小屋風の施設を作り、動物が走り、鳥が飛び、虫が鳴けばかなりの人が復調するだろう。薬にそれだけの力があるというのだろうか。心を苦しめた情況を薬が解消できるとでも言うのだろうか。  他の不快症状の多くは解決できた。後は本丸を落とすだけ。きっと落ちる。照れ隠しでもあれだけ大声で笑えれば十分だ。頑張りすぎ病蔓延の歳が暮れる。