庶民

 岡山ブルーラインで一番景色がいいのは、恐らく日生インター手前の片上大橋だろう。備前市の片上湾をまたぐからそう呼ばれている。大橋と言う名が恥ずかしくないくらい高い。水面からどのくらいあるのだろう。長さも500メートル以上あるから結構立派な橋だ。ただ片側1車線で、車とすれ違うときは結構欄干近くまで寄らないと、正面から来る車が気になる。おまけに、何故か欄干が低くて、車高の高い車で渡ると視線がはるか欄干の上にあり、転倒したら軽く欄干を越え転落するだろうな等と想像してしまう。僕は高いところが苦手だから、片上大橋もかなり苦手だ。ただ、僕は出来ないことを残しておきたくないので、しばしば利用する。当然徐々に慣れて、眼下に広がる牡蠣の養殖いかだを横目で眺めたりも出来る。  昨日偶然その橋の名前を出した男性は、70歳くらいだが、若い頃「暴走族」でならした男性だ。当時、オートバイが買えるような家だったから経済的に恵まれていたのだろう。今思いだせる人たちはほぼ全員が商売をやっていた家の息子さん達だ。その男性が「ブルーラインの片上大橋を初めて渡ったときに、怖くて、それ以来ブルーラインで東に行った事がない。遠回りでも国道を通る」と言った。思い出してもいかにも怖そうな表情をしていた。  恐らく彼がブルーラインの片上大橋を最初で最後に渡ったのは30歳になった頃だ。さすがに暴走族から足を洗って堅気でまじめに働いていただろうが、気持ちは急には変わらない。そんな彼が、あの橋の恐怖で二度と渡らないと決意したのだから、僕ら元々なよなよしている人間が、あれが怖いこれが怖いといっても、不思議ではない。むしろ正々堂々となんら臆することなく何でも出来るほうが不自然だ。  彼がこんな弱気を今まで誰かに漏らしたのかどうか知らない。泣く子も黙る嘗ての行け行けどんどんも、裏返せば、高いところ怖さに、渋滞と遠回りに耐えていたのだ。風貌や過去の実績と全く相容れない弱音に、人間らしさを見た。恐らく多くの人間が、実力以上のものを演じて生きているのだと思う。現代を生きる息苦しさは、弱音を吐けないことも一因になっているかもしれない。  僕が生涯接してきた人の99,9%はいわゆる庶民だ。少しの格好良さと、多くの無様を演じてきた人たちだ。大きな手柄も大きな収穫も縁遠い、大きな詐取も大きな殺戮も縁遠い庶民だ。精一杯が精一杯の庶民だ。こんな人々を表せる言葉が何故か見つからない。