萎縮性胃炎

 ある病気で紹介されて来た男性を問診していた。体格もいいしよく働くし、何処が悪いのかと思うくらいだった。良く話もするし、丁寧で気配りも出来る人だ。病院の薬も飲んだことがないくらいだが、ある一つの不調で日常がかなり憂鬱なものになっている。生来の頑張り屋さんが災いしているのはすぐに分かったが、どこかいまひとつ処方を決めるのにすっきりしなかった。そこで話題を変えて、正面からではなく横から観察してみようと思った。  明るくて雄弁な人にストレスはありますかと聞き辛いが、敢えて尋ねると、ないと言った。即座に答えたから本当にないのかもしれない。でもあまりにも整いすぎている事が気になったので、出かける前の火の元の過剰な確認作業や鍵のかけ忘れの不安感や高所恐怖症があるかどうか尋ねてみた。するとすぐに高所恐怖症があると答えた。これは僕にはとても腑に落ちた。何かないと今抱えている症状が治らないはずがないと思ったのだ。これで恐らく相談された症状は取れると思う。  そもそもその男性は高いところは先頭になって上っていた人らしい。ところがある時、15mの高さのところで足場が外れて、片手でロープを持ち片手で道具を持ってぶら下がったことがあるらしい。よほど大切なものだったらしくて落とすわけにも行かなかったらしい。で、結局は落ちずにすんだらしいがそれ以来高いところはダメになった。それだけの経験があればさすがにトラウマとなって、恐怖心で満たされるだろう。  僕も高いところは苦手だが、僕は高いところだけではなく高尚恐怖症もある。これが結構トラウマになっていて知性の塊、宗教心の塊、道徳心の塊のような人を見たら萎縮してしまう。そして何も言えなくなる。医学の世界ではこの症状を「萎縮性言えん」と言う。