野生

 田舎の薬局だからか、全国同じか、我が家以外に薬局を知らないから、薬の配達をどの程度してあげているのか分からないが、僕の薬局は多いほうに属すると思う。それぞれに固有の理由があって薬局に来ることができないのだから、我が家では快く配達してあげている。いわば買い物難民の先進地みたいなところだから、早くから配達が多かったのも当然といえば当然だ。  配達をしてあげてとても喜び、丁寧に礼を言われることがほとんどだが、時に何様かと思う人もいるらしい。僕が配達には出ないから実際のところはわからないが、堪忍袋の緒が短い僕が出かけて行っていたら、喧嘩になりそうな報告も時に紛れ込む。  この女性の配達から帰った妻が様子を教えてくれたが、「おもしろてやがてかなしき・・・」の世界だった。まるでゴミ屋敷の中に上がりこまないと配達は完了しない。体調が悪くて玄関まで出て来れないのだ。家族もいるが無関心で、お金を手渡しする発想もない。恐らく数歩歩くだけで、商品もお金も行き来できるのだが、それすら手伝わない。もともとの能力か、日常の動きが減ったせいか、少しずつ言動が不安定になっている。そして今日ついに・・・  ベッドのところまで商品を運んであげた妻にその女性が代金を払おうとしたのだが、どうやら財布が見つからなかったらしい。そしてその女性がとった行動が「おもしろて、やがてかなしき」の世界だったのだ。「奥さん、これでこらえてちょうだい」とお金の代わりに差し出されたのが、枕元にあった(と言っても何処から何処までが枕元か分からないらしいが)錆びたはさみらしいのだ。さすがに妻もはさみをもらっても仕方ないので、一緒に財布を探したらしいが、笑えたのは一瞬で、その後は有り触れたこの国の隠れた日常の風景だろうと想像して哀しくなった。  一方では人の命をむさぼって巨大な富を築いている人間がいて、一方ではとことん落ちぶれている人間がいる。まるで野生の法則そのままに強者が弱者を食い殺す。巧妙に狡猾に。  取り返しがつかない時代の一歩手前に僕たちはいる。