宿命

 いったい何の涙だったのだろう。一瞬の変化だったからびっくりした。懸命に顔をゆがませて我慢していたが、あふれる涙を隠すことが出来ずに、持っていたハンカチでぬぐった。思うように体が動かないことに対する歯がゆさか。本当は優しいのに、突き放すような言葉遣いをする奥さんのせいか、はたまた薬を出していいのか迷っている僕のせいだったのか。  奥さんの許可を得て「漢方薬を作ります」と言ったときには、とても嬉しそうな顔に変わった。と言うことは許可が出ないのか不安だったのだろうか。それとも僕が奥さんの許可を求めたのがプライドを傷つけたのか。体調不良を抱えて長生きは辛いだろう。死ぬことが救いだとは思えないが、それでも日常に楽しみが無ければ、生きることが苦痛になる。  善良がにじみ出るような方の涙だから、僕自身もとても辛かった。あの世代の人がそんなに遠からずやってくる最期の時を想像して気弱になっているのだろうか。人類が始まってから、無数の先人が、宿命を冷静に受け入れて、その時を待ったのだろうか。いやいや、この世でたった一つの宿命と呼べるものの前で、たじろがない人はいないだろう。  お医者さんほどではないが、薬局でもこんな辛い光景に遭遇することがある。