危険

 一言で言えば逃げてきた。身の危険を感じて逃げてきた。なぜか頭に浮かんだのは、東北で津波に飲まれた人たちのことだった。今日の寒さを未知の土地のそれと比べることはできないが、この辺りでは珍しい、耐え難い寒さを感じたので、もしこのまま海に落ちたりしたらと想像した時に、実際海水に飲まれた人たちのことが頭をよぎったのだ。温暖な土地に住んでいる人間の、想像力のなさを恥じる。  テニスコートを1周した時に、朝の氷が解けていないことに気がついた。暗いからよく見て歩かないと滑って転びそうだ。でも怖かったのはそのことではない。テニスコートを吹き抜ける風の冷たさに、交感神経が反射的に反応をし血管を細くして身構えていることが手に取るように分かったのだ。情けないけれど「危ない」と思った。毎日歩くことと決めていて、それを潔癖に実行することに美学を感じる傾向がある僕だが、さすがに命とは交換できない。本末転倒も時にはいとわなくなる僕だが命までは差し出せない。  雪の降る丘に立ち、押し寄せる巨大津波をどんな気持ちで当事者の人たちは見ていたのだろうと、後ろめたさの風に追われ、すごすごと帰ってきた。