運転

 処方箋に書かれている年齢が85歳だ。さすがにそのくらいの年齢になるとすべての動作がゆっくりとしている。ただ駐車場に止めたその男性のオートバイがなんとなく気になる。どう見てもあれは原付のカブではない。クラッチ式でなんとなく格好がいい。プレートもピンクだから排気量も原付なんかよりは大きい。  「御主人、エライ格好いいオートバイに乗っているんですね」と声をかけてみた。すると、結構古いが、今ではあのオートバイは手に入らなくて、若いオートバイ好きの人から値段はいくらでもいいから譲ってくれと言われるらしい。僕が「1000万円くらいで譲ったら」と言うと、そこから面白い話をしてくれた。面白いと言うか、危険と言うか。  「歳をとったら自転車に乗れんようになるんですわ。ふらふらしてなあ。その点オートバイは楽ですわ。勝手に動いてくれるから、倒れる心配はないんですら。今でも80kmくらいは出せますら」  出るからといって牛窓はほとんどの道路が40km制限だ。いったいどこで出しているのだろう。出したらだめだろう。歩くのも歩幅が小さくてゆっくり、自転車は乗れないと白状している人が、せめて40kmで走るならいざ知らず、40kmオーバーはほとんど暴走だろう。自分があの世にまっしぐらならまだいいが、道連れを作ったりしたら人生の完成期に汚点を残してしまう。田舎ではやむにやまれず運転免許を返さない人が多いが、暴走するお年寄りなど聞いたことがない。ある年齢が来たらほとんどの人が軽四に変えて身を、そして他人を守っているのに、度胸がある人だ。  願わくば、白内障スピードメーターが読めなくて、僕に教えてくれたスピードを勘違いしたことにして欲しい。さもないと恐ろしくてあの老人の住む地区には行かれない。いやいや白内障で運転?これも恐ろしい。とかく今の世は、恐ろしや恐ろしや。