不幸

覗いたのではない、見えてしまったのだ。好奇心はそもそもないから人の財布を覗いたりはしない。ただ、何気なく視線が行ったのに不思議とあるものに目がとまり、そこから男性が財布を閉じるまで動かすことが出来なかった。 財布のカード入れの中に若い男性の写真が挟まれていた。おじいさんが若い男性の写真を持っているから違和感があり、ましてその写真が特別な人を思わせるようなものでなかったから、目が釘付けになったのだと思う。そしてそのときに一瞬にして思い出したことがある。処方箋で調剤した人だから名前はわかっていたが、かつて交通事故で息子さんを亡くしたと風の便りで聞いたご本人なのだと。もう何年、いや何十年も前のことだと思う。人が生きていく上で最もつらい出来事の雄が子供を亡くすることだろう。片時も忘れることも出来ずに耐えて耐え抜く人生をこの方は送ってきたのだと思った。人にはそれぞれ背負って生きていくものがある。願わくばどなたも、その背負ったものが軽いことを願う。精一杯生きていくだけの庶民には特にそうあってほしい。悲しみはもううんざりだ。たった一人の不幸にも遭遇したくない。まして戦争とか原発とか、何十万、何百万という庶民の不幸には。