寝返り

もしこの方の体に中心軸を描こうとしても出来ないだろう。いわゆる3Dプリンターでも駆使すれば出来るかもしれないが、おそらく直線部分などないのではないか。僕より何歳年上かわからないがそんなに差はないはずだ。嫁に来てからお百姓一筋だが、当初は車や農機具もまだなかったころだから、肉体を道具にして働きつめた世代だ。その付けが50年経って出ている。 老いるとは乾いて、縮んで、ゆがむことだと何かに書いていたが、この方を見ているとつくづくそう思う。長い間紫外線を浴び続けてきた皮膚は乾燥して皺を作り・・・いやいや、今日はそんな体裁の話ではない。骨格をゆがめるだけゆがめて働いてきたお百姓のことだ。ゆがんだ分、負荷がかかると支えることが出来なくなり痛みは余計ひどくなるだろう。お百姓は働き者が多いから、かろうじて痛みが少ない姿勢を見つけまた働く。そうしてどんどんと泥沼に沈んでいく。あるところは反り、あるところは屈曲し、あるところはねじれる。これが僕ら世代より上の人たちが労働の対価として得た報酬だ。体をぼろぼろにして家族を養い、そしてこの国のおなかを満たした。いったいそうした人たちにどれくらいの敬意が払われたのだろう。僕にはそうした人たちの過酷な労働の上に、一部の人間が富を築きいい目を独占している光景が見える。 ありとあらゆる関節を変形させ、痛みを訴え続けたその女性が昨日漢方薬を取りに来たとき「寝返りをうっても痛くなくなったんです。うれしいです。寝返りが出来るなんて何年振りかしら」と言ってくれた。下々の声はアホノ何やらには届くまい。